第3話 ──「いちばん白いのは、新人だ」
カイトの小声は、思いのほか部屋に響いてしまったらしい。
隊長に任じられたばかりのレンジが、それを拾うように口を開いた。
「……パウルさん。事情は分かりました。ですが、人選については教えてもらえますか?」
その視線が、ちらりとドラゴたちのほうへ流れる。
「俺たちの代から、コーリーとランデルが選ばれてるのはいい。経験もあるし、連携も取りやすい。けど――それ以外が、新人四人ってのは。さすがに、どういう理由なんです?」
その言葉に、コーリー、ランデルと呼ばれた二人の守護者も、一斉にドラゴたちを見た。
値踏みするような、鋭い視線。
ドラゴたちは、思わず背筋を伸ばす。
「もっともな疑問だ」
パウルは、腕を組んだまま静かに答えた。
「理由は、二つある」
一本目の指を立てる。
「一つは、大人の事情だ。アクア・ヴィータには、向こうの護衛団がついてる。それなのに、こっちから腕利きを大勢送り込んでみろ。どうなる?」
「……向こうの護衛団の、顔を潰すことになる」
レンジが、低く言った。
「そういうことだ」
パウルがうなずく。
「ただでさえ国が揺れてるときに、自分の国の護衛じゃなく、よその国の護衛をぞろぞろ引き連れて帰る。そんなのを見たら、国民はどう思う? 味方のはずの人間まで、『あの姫は、自分の国を信じてないのか』って、不安になっちまう」
「あー……なるほど。強すぎる助っ人は、かえって良くないってことっすね」
カイトが、ぽんと手を打った。
「飲み込みが早いじゃねえか」
パウルがにやりと笑い、二本目の指を立てた。だが、その目つきが、すっと鋭くなる。
「そして、もう一つ。こっちが本題だ」
部屋の空気が、ぴんと張りつめた。
「裏切り者の情報網が、どこまで伸びてるか分からねえ。アクア・ヴィータは友好国だ。合同の任務や訓練も多く、こっちとの行き来も頻繁にある」
「……まさか」
サシャの顔色が、さっと変わった。
「最悪の場合――この、レガリスの守護者の中にも」
パウルは、はっきりと言い切った。
「裏切り者の手が伸びてる奴が、いてもおかしくねえ」
「おい!? なんだよ、それ!?」
ドラゴが、椅子から身を乗り出した。
「あくまで、最悪を想定すればの話だ。だがな」
パウルは、ぐるりと部屋を見回した。
「こいつらは違う。守護者になりたてで、まだどこの誰とも繋がりがねえ。裏切り者と接触する機会すら、なかった連中だ。つまり――今この本部で、いちばん『白い』のは、こいつら新人ってわけだ」
パウルの視線が、ちらりと壁際へ流れた。
「まあ……一匹だけ、仲間とすら群れたがらねえ奴もいるがな」
全員の目が、つられてそちらを向く。
腕を組んで壁にもたれた、ガロウ。
視線が集まっても、眉ひとつ動かさない。
「……ちっ」
小さな舌打ちひとつ。
それだけ残して、ガロウは興味なさげに顔をそむけた。
しん、と静まった部屋に、レンジたち先輩守護者の、低い唸り声が漏れた。
大げさに驚くでもない。ただ、その目つきだけが、ぐっと鋭くなる。
「……なるほど。そこまで考えての、人選でしたか」
レンジが、覚悟を決めたように頷いた。
「分かりました。その信頼、必ず応えてみせます」
コーリーとランデルも、無言で深くうなずく。
歴戦の守護者たちが、静かに腹を括る。その姿は、見ているだけで頼もしかった。
「それから――」
パウルの視線が、ふいにカイトで止まった。
「今回の任務、重要になるのはお前だ。カイト」
「……は?」
カイトの間延びした声が、ぴたりと止まる。
「え、ええっ!? おいらっすか!?」
「お前は水使いだろう。水の国に入りゃ、中は水辺だらけだ。お前の力は、かなりの戦力になる。いざってときは、お前が主力になれ」
「いやいやいやいや!」
カイトが、ぶんぶんと両手を振った。
「水辺とか、全っ然関係ないっすよ! おいらの力はね、自分の魔力を流し込んだ水しか操れないんす! そこらの川とか湖の水は、いくらあっても、ぴくりとも動かせないんすよ!」
腰の水筒を、ばしばしと叩いてみせる。
「だから普段から、こうやって自分の水筒を持ち歩いてるんす! 主力とか言われても、こまるっす!」
「お前の能力は、ちゃんと分かってる」
パウルは、平然と言ってのけた。
「だがな。武器にできる水が、近くに大量にあるのと、ないのとじゃ大違いだ。せいぜい頑張れよ」
「い、言いくるめられたっす……」
カイトは、がっくりと椅子に沈み込んだ。そのまま、両手で頭を抱える。
「休みは潰れるわ、変な責任まで背負わされるわ……今日はとことん、ついてないっす……」
その情けない姿に、スイ姫が口元を押さえて、くすりと笑った。
「よし。じゃあ、俺とレンジ、コーリー、ランデルは、これから作戦会議だ」
パウルが、ぱんと手を叩く。
「お前ら新人四人には、後で内容を共有する。明日の出発に向けて、しっかり準備しとけ。スイ姫も、どうか今夜はゆっくりお休みください」
そう言うと、パウルは先輩守護者たちを引き連れ、会議室のほうへと歩いていった。
扉が、ぱたんと閉まる。
残されたのは、新人四人――ドラゴ、サシャ、カイト、そして壁際で腕を組んだままのガロウ。それと、スイ姫だけだった。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、部屋はしんと静まり返っている。
味方の中に、裏切り者がいるかもしれない。
その重たい一言だけが、まだ誰の胸の中にも、ずしりと残っていた。




