第9話 ──「四人で、貫けばいい」
土煙が、晴れていく。
その向こうから、ゆっくりと、姿を現した。
巨大な、イノシシの魔獣だった。
家屋よりも大きな体躯。
背には鉄板のような剛毛が幾重にも重なり、額からは、禍々しい二本の角が突き出している。
目は、血のように赤い。群れを狩られた怒りで、ぎらついていた。
その巨体が、一歩、踏み出す。
ずん、と地面が揺れ、割れた石畳が跳ねた。
ただ歩くだけで、大気が震える。
「……でかいニャ」
屋根の上のミーナが、思わず声を漏らす。
「あれが、群れの頭か……!」
グレンが、槍を構え直す。
魔獣が、咆哮を上げた。
空気を引き裂く轟音。
その衝撃だけで、四人の足元が、びりびりと痺れた。
「来るぞ!」
ドラゴの号令と同時に、魔獣が突進する。
地を砕きながら迫る巨体。
ドラゴが横合いから、渾身の一撃を叩き込んだ。
「『竜の爪』!」
赤い斬撃が、剛毛の背を打つ。
甲高い金属音。火花が、散った。
だが——刃は、わずかに食い込んだだけ。分厚い毛皮に、弾き返される。
「くっ……硬えっ!」
トジの魔弾が、横っ面を連打し、ミーナの双短剣が、脚の関節を狙う。
だが、どれも、決定打にならない。
魔獣は煩わしげに首を振り、太い脚で薙ぎ払うだけ。
「効いてない……! あの毛皮、まともに攻撃が通らないよ!」
トジの声に、焦りが滲む。
魔獣が、再び暴れ出す。
振り回される巨体に、四人は距離を取るので精一杯だった。
攻めあぐねる。
誰の攻撃も、あの一枚の鎧を、貫けない。
場に重たい空気が流れかけた、その時。
「大丈夫だ!」
グレンの声が、響いた。
汗だくで、息を切らしながら。それでも、その顔は、笑っていた。
「一人じゃ、あの鎧は貫けない。だったら——四人で貫けばいい」
迷いのない瞳が、三人を捉える。
「自分が、全部を背負おうなんて、もう思わない。……みんな、力を貸してくれ!」
ドラゴが、にっと笑った。
「へっ、この隊の隊長はお前だぜ! あたりめえじゃねえか!」
「うん、もちろんだよ!」
「アタシも、いつでもいけるニャ!」
グレンの頭の中は、澄み切っていた。
もう、その選択に迷いはない。
「トジ、ミーナ! あいつの動きを止めてくれ。ほんの一瞬でいい!」
「わかった!」
「まかせるニャ!」
トジが地を駆け、魔獣の正面へ回り込む。
二丁の魔銃が、火を噴いた。
「『銃連弾』!!」
目、鼻、口。急所を狙った牽制弾が、魔獣の視界を、正確に潰す。
魔獣が、たまらず、そちらへ意識を向けた。その、隙。
「今だニャ! 『斬り猫』!」
ミーナが、一気に地を駆ける。
鋭さを増した双短剣で、魔獣の脚を切り刻む。
深くは通らない。
だが、刻まれた痛みに、巨体がぐらりと傾いだ。
足が、止まった。
「ドラゴ! 二人で、一気に叩き込むぞ!」
「よっしゃあああ——いくぜ!」
二人が、同時に動き出す。
ドラゴが地を蹴り、魔獣の頭上、はるか高くへと跳び上がった。
落下に転じながら、大剣の切っ先を、真下の魔獣へと向ける。
グレンは、槍を振りかぶる。
穂先で、真紅の炎が、轟と渦を巻く。空気が歪むほどの、凄まじい熱。
グレンの槍から、真紅の炎が解き放たれた。
「『紅蓮炎武』!!」
魔獣へと迫る炎。
だが、その炎は、跳び上がったドラゴの背を追い、彼の大剣『赤竜剣』へと、吸い寄せられていく。
「うおっ、こいつは!」
サシャやトジのときと、同じ感覚。
仲間の力を喰らった刀身が、みるみる赤熱していく。
真紅の炎が刃を這い上がり、大剣が、太陽のように燃え上がった。
落下の勢いと、紅蓮の灼熱。二つの力が、一振りへと束ねられる。
「うおおおおおおっ!」
ドラゴが、咆哮を上げた。全身全霊を、その一撃に込めて。
「喰らえっ——『炎竜の牙』ッ!!」
燃え盛る大剣が、魔獣の脳天へ、垂直に叩き込まれた。
剛毛が、触れる前から焦げていく。
刃を弾いたはずの鋼の毛皮が、紙のように裂けた。
竜が、獲物に牙を突き立てるように——巨体を、真上から貫いていく。
凄まじい衝撃が、大地を揺らした。
真紅の炎が爆ぜ、土煙が天高く舞い上がる。
熱風が、通りを吹き抜けた。
しばらく、誰も動かなかった。
やがて、ゆっくりと、煙が晴れていく。
そこには——脳天から裂け、完全に動かなくなった、魔獣の巨体が横たわっていた。
ぴくりとも、しない。
「……やったか?」
ドラゴが、炎の消えた大剣を担ぎ、荒い息を吐く。
「やったね」
トジが、魔銃を収めながら、ふっと笑った。
「にゃはは、やったニャー!」
ミーナが、ぴょんと跳ねて、両手を突き上げる。
グレンは、槍を地に突き、肩で息をしていた。汗が、ぼたぼたと滴る。
全身、くたくただった。けれど、胸の中は、不思議なくらい澄んでいた。
一人では、絶対に倒せなかった。
四人の力が、一つに重なったから——勝てた。
完璧に、一人でやる必要なんて、なかったのだ。
その当たり前のことが、今は、どうしようもなく、嬉しかった。
「グレン!」
ドラゴが、笑って、拳を突き出してくる。
グレンは、少し驚いて——それから、笑って、自分の拳を、こつんと合わせた。
汗まみれの顔で、四人は、笑い合っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第3章も次話で最後です。
引き続き、お楽しみください。




