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ドラゴ・ライズ ―最強の守護者を目指す少年と、十の星辰の絆―  作者: 岡山ミロウ
第3章 ──「グレンと、ほどけた鎖」

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第8話 ──「その炎は、護るために」


 牙が、爪が、いくつも、迫る。



 ドラゴが、とっさに大剣を引き戻そうとする。


 だが、振り抜いた刃は、途中では止まらない。


 無防備な背に、いくつもの牙が影を落とす。



 その、刹那だった。




 「——ドラゴ!」




 グレンは、すでに地を蹴っていた。


 石畳を蹴り、一息で距離を詰める。



 迫る獣の群れと、ドラゴの背。


 その狭間へ、槍を構えて割り込む。



 穂先に、炎が灯る。


 いつもの、朱色。スザク家秘伝の炎。



 だが、その名を口にしかけて——グレンは、目を閉じた。



 頭の奥で、あの声が囁く。


 完璧に。スザクの名に恥じぬように。


 いつもなら、この声が手を縛った。



 だが、今は違う。


 背中を預けてくれたドラゴ。


 離れていても、気にかけ、助けてくれたトジ。


 そして、笑えと言ってくれた、ミーナ。


 その声が、その手触りが、頭の奥の冷たい声を、優しく塗り替えていた。


 ——力を、抜いていい。笑って、いい。



 グレンは、目を開いた。




 「……自分は、もう、家には縛られない」




 槍を握る手に、力が満ちていく。


 けれど、強張りではない。



 熱だ。


 胸の奥から込み上げる、自分だけの熱。




 「自分は——グレン。人々を護る、一人の守護者だ!」




 その瞬間。


 穂先の炎が、色を変えた。



 慣れ親しんだ朱色が、内側から燃え上がる。


 渦を巻き、やがて——目を焼くような、真紅へと変わっていく。



 立ち昇る熱気に、周囲の景色がゆらりと歪んだ。


 夜気が、じりじりと焼ける音を立てる。



 荒れ狂うのではない。


 研ぎ澄まされた刃のように、鋭く、静かに。




 「『紅蓮炎武(ぐれんえんぶ)』——!」




 槍を、振り抜いた。


 真紅の刃が、迫る獣の群れを、一息に薙ぎ払う。


 敵だけを、正確に焼き尽くし、ドラゴや周りの民家には、火の粉ひとつ届かない。



 炎に呑まれた獣たちが、次々と地に伏していく。


 あとに残ったのは、石畳に刻まれた、真っ赤な軌跡だけだった。


 朱雀炎武(すざくえんぶ)とは、まるで別物だった。


 熱も、速さも、届く距離も。



 ドラゴが、目を見開く。




 「……お前、それ」




 「すまない、遅くなった」




 グレンが、槍を引いて、にっと笑った。


 汗を光らせながら、けれど、その顔に強張りはない。




 「後ろは、任せて!」




 「……はっ。上等だ!」




 ドラゴが、笑って、大剣を握り直す。


 二人は、背中を合わせた。



 グレンの真紅の炎が群れを焼き払い、ドラゴの大剣が、そのあいだを縫って敵を砕く。


 背中越しに、互いの熱が伝わってくる。


 振り向かなくても、そこにいると分かる。


 だから、前だけを見ていられた。




 「『銃連弾(じゅうれんだん)』!」




 トジの弾が、横から回り込もうとした一頭の足を払う。




 「こっちだニャー!」




 ミーナが屋根の上で跳ね、獣たちの視線を、住民から引き剥がしていく。



 新たな炎は、仲間を護るための、鋭い一閃となって、戦場を駆けた。



 ——その戦いを、避難する住民の中から、じっと見つめる者がいた。


 グレンの、母だった。



 彼女は、立ち尽くしていた。


 真紅の炎を操り、迫る獣を薙ぎ払っていく息子。


 だが、彼女の胸を打ったのは、その力ではなかった。




 「大丈夫ですよ! みんな、こっちへ!」




 怯える人々に、そう声をかけながら——グレンは、笑っていた。


 汗だくで、息を切らしながら。


 それでも、周りを安心させるように、明るく。



 その顔を見た瞬間、母の記憶が、遠い昔へと、引き戻された。


 まだ、夫が生きていた頃。


 庭に花の種を埋めながら、泥だらけの手で駆け寄ってきた、小さな身体。


 あの子は、いつも、あんなふうに、笑っていた。




 ……いつから




 いつから、あの子の、あんな笑顔を見ていなかっただろう。



 夫を失い、家を護らねばと、必死だった。


 優秀な兄たちと比べ、完璧であれと、そればかりを言い続けて。




 ……あの子から、あの笑顔を奪ったのは——




 厳しく結ばれていた口元が、小さく、震えた。



 完璧な守護者に。


 スザクの名に恥じぬように。


 そう言い聞かせるばかりで、自分は一度でも、あの子のことを気にかけただろうか。



 母は、そっと、口元を手で覆った。


 滲んだものを、拭うこともせず、ただ、立派に戦う息子の背中を、見つめていた。



 グレンは、それに気づいていない。


 ただ、目の前の人々と、背中を預けた仲間のことだけを、見ていた。



 戦況は、確かに、こちらへ傾いていた。


 群れは数を減らし、住民の避難も、ほとんど終わっている。


 あと少し——誰もが、そう思った、その時。



 地の底から響くような、重い音が、大地を揺らした。


 足元の小石が、ぱらぱらと跳ねる。


 崩れかけた家屋の瓦が、音を立てて滑り落ちた。



 生き残っていたイノシシたちが、一斉に動きを止める。


 まるで、何かに怯えるように、じりじりと後ずさっていく。



 咆哮とも、地鳴りともつかない、異様な低音。


 ドラゴの顔から、笑みが消えた。




 「……おい。まだ、終わってねえみたいだぞ」




 崩れた家屋の、さらに奥。


 立ち込める土煙の向こうで、何か、巨大な影が、ゆっくりと起き上がろうとしていた。



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