第10話 ──「それでも、あいつは立っていた」
もうもうと立ち上る土煙が、ゆっくりと晴れていく。
これ以上ない、会心の一撃を撃ち込んだ。
あれで、倒れていないはずがない。
誰もが、そう信じていた。
しかし――。
煙の向こうに、影が立っていた。
ボロボロに焼け焦げた衣服。
額には、新たに刻まれた大きな傷。
――それでも、リーダー格の男は、倒れていなかった。
仁王立ちのまま、静かにこちらを見据えている。
「う、嘘でしょ……あれでも、倒れないの……?」
シエルが絶望に震える声でつぶやく。
「もう……無理っすよ、あんなの……」
カイトの声も力なく掠れる。
戦場に再び、絶望が降りてこようとした。
その時だった。
「――まだだよ!」
渓谷の静寂を切り裂いて、声を張り上げたのは、トジだった。
傷だらけのボロボロの体で、それでも銃を構え直す。
瞳の光は、失われていない。
「まだ終わってない! もう一回だ! みんな……!」
その声に、俯きかけていた仲間たちの顔が、ぐっと上がる。
ドラゴが、にやりと笑って、大剣を握り直した。
「おう。何度でもやってやるよ」
もう一度、十人が、立ち上がろうとした――その瞬間だった。
「――そこまでだ!!」
野太い声が、渓谷を震わせた。
声とともに、馬車の後方でそびえ立っていた巨岩が、内側から弾け飛んだ。
瓦礫を撥ね飛ばし、その下から姿を現したのは。
「パ、パウルさん……!?」
あの巨岩の下敷きになったはずのパウルだった。
パウルは、土埃を払いながら平然と立っている。
その肉体には、傷一つ見当たらない。
完全に言葉を失う十人。
さらに、彼らの目の前で、信じられない異変が起きた。
地に倒れていた賊たちが、一人、また一人と、むくりと起き上がり始めたのだ。
そして、おもむろに、顔と身体を覆っていた布を取り去った。
その下から現れたのは――今日から自分たちも身に着けている、あの銀糸の刺繍が入った、黒い守護者のマントであった。
「……は?」
ドラゴの口が、ぽかんと開いた。
賊だと思っていた男たちは、全員が、自分たちと同じ『守護者』だったのだ。
額に傷を負ったあのリーダーが、肩をぐるりと回しながら、パウルに歩み寄る。
そして、無造作に、顔の布を引き下げた。
現れたのは、傷跡こそ厳めしいが、どこか人の良さそうな、精悍な男の顔だった。
「おいパウル。話が違うじゃねえか」
その口調には、先ほどまでの冷酷さは微塵もなかった。
呆れたような、けれど、どこか楽しげな優しい声。
「今年の新人は、我が強そうな、個性的な奴らばかりだから、守護者としての本物の戦い方を味わわせてやってくれ、なんて言ってたが……」
男は、ボロボロの見習いたちを見てふっと笑った。
「もう立派な守護者の精神を持ってるじゃねえか! 最後の一撃なんか、本気で焦らされたぜ。もう魔力もすっからかんだ」
どかりと岩に腰を下ろし、ぐったりと肩を落としてみせる。
つい先ほどまで、十人の全力を指先であしらっていた男とは、まるで別人だった。
パウルも、強面の口元をふっと緩めた。
そして、呆然と立ち尽くす十人の若者たちを、ぐるりと見回す。
「お前たち」
低く、けれど確かな熱を帯びた声。
「これは、最後の試験だ。本物の死線、本物の絶望でしか引き出せない――お前たちの『心』と、これから命を預けあう仲間との『絆』を見るための、な」
一歩、前へ。
「俺たち守護者に求められるもの。それは、個々の力はもちろん、どんな困難な状況でも決して折れない、必ず護り抜くという『心』、そして、一人では到底乗り越えられない壁にぶつかった時こそ、仲間を頼り、ともに乗り越える『絆』。これこそが、俺たち守護者の戦い方だ」
パウルは、まっすぐに十人を見据えた。
「初めはどうなることかと思ったが、よくやった。これでお前たちは――正式な、俺たち守護者の一員だ」
その一言が、静かな渓谷に響き渡った。
その瞬間、張り詰めていた見えない糸が、ぷつりと切れた。
「……落石も、賊も、俺が岩の下敷きになったのも。全部、仕組んだ芝居だ。悪かったな、肝を冷やさせて」
パウルが頭を掻きながら言うと、ドラゴがその場に、大の字にどさりと寝転がった。
「……っ、はぁ~~~!」
シエルも、その場にぺたんとへたり込んだ。
カイトは「もう一歩も動けねえっす……」と地面に座り込み、ミーナがその隣にころんと転がる。
ガロウは何も言わず、刀を鞘に収めて壁に背を預けた。
全身に、どっと疲労が押し寄せてくる。
けれど、その表情は、誰もが晴れやかだった。
と、その時。
ギィ、と。傾いだ馬車の扉が開いた。
砕けた車輪。深く傾いた車体。
その中から、ふくよかな体を揺らして降りてきたのは――あの、要人。
旅の前に、トジやサシャを罵った、あの男だ。
全員の体が、思わず強張る。
だが、男は、うんと両手を伸ばして大きく伸びをすると。
ぺろっと、舌を出した。
「いやー、お疲れさん! 馬車の中からずっと見てたが、初めてにしてはなかなか良かったぞ!」
からりとした、実に人懐こい笑顔だった。
「あと、嫌なこと言ってごめんな! 要人って偉そうな奴が多いからな。俺なりに再現してみたんだけど、心にもないこと言っちまった。悪かった悪かった! ……いやはや、それにしても最後は見事なもんだった」
あまりの変わりように。
怒りも、警戒も、すっかり毒気を抜かれて。
十人は、ただ、ぽかんと顔を見合わせた。
いつの間にか、渓谷の空は、夕焼けに染まり始めている。
茜色の光が、傷だらけの十人を、そっと包み込んでいた。
第2章も残りあと1話です。
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