第1章 - 第2話
「でけぇ……」
王都の門をくぐったドラゴは、呆気に取られていた。
集落を出てから翌日、地平線の彼方に見えていた防壁は、天を衝くようにそびえ立ち、その内側には数えきれないほどの建物がひしめいていた。
王都アルビオン。この星最大の国レガリスが誇る大都市は、噂以上の規模だった。
石畳の大通りを、ドラゴはぽかんと口を開けたまま歩く。
人の多さも、立ち並ぶ店の活気も、何もかもが珍しい。
荷車が行き交い、露店が声を張り上げ、どこかで楽器の音が鳴っている。
「これが……王都か!」
ドラゴはワクワクしながら、人の流れに飛び込んだ。
◆◆◆
あちこちに目を奪われ、適当に角を曲がり――気づけば、自分がどこにいるのかさっぱり分からなくなっていた。
「……ん? ここ、さっきも通ったよな」
おまけに、腹も空いてきた。朝から何も食っていない。ぐぅ、と情けない音が鳴る。
どこかに飯を食えるところはないか。ドラゴがきょろきょろと辺りを見回した、その時だった。
目の前を、何かが凄まじい速さで駆け抜けた。
「うおっ!?」
一瞬だったが人影のようなものが見えた。人混みの隙間を縫うように走っていく。
すれ違う人の肩にも、荷車にも、かすりもしない。まるで、風が吹き抜けたようだった。
しかも――手には、何か箱のようなものを持っている。
しかし、あの速さで、一切箱は傾かない。まるで固定されているかのように水平を保っていた。
「な、なんだあいつ……すげえ速さだ」
ドラゴが呆気にとられていると、もう少年の姿は雑踏の彼方に消えていた。
「やっぱ王都にはいろんな奴がいるんだな……」
しばらく食事処を探しながら歩いていると、同じ少年が今度は逆方向から駆けて来た。
やはり、信じられない速さだった。
「ずっと走ってんのか、あいつ……」
首を傾げながら歩いていると、ふと、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
とろりとした白いスープと、小麦の香ばしさが混ざった、あたたかい匂い。
「……この匂い」
ドラゴの足が、勝手に動き出した。
その匂いは、故郷の匂いだった。
匂いを辿った先に、小さな食事処があった。掲げられた看板には、『一里』。
品書きの一番上に――『白竜麺』。
「白竜麺だ……! なんでこんなとこに!」
それは、ドラゴの故郷でよく食べられている麺料理の名前だった。
吸い寄せられるように、ドラゴは暖簾をくぐった。
「いらっしゃい!」
カウンターの奥で、がっしりした体格の男が鍋を振っている。
「白竜麺ちょうだい!」
「あいよ!」
席に着いて待っていると、男がじっとドラゴを見た。
「あんた、もしかして……竜人族かい?」
「お、よく分かったな! オレは竜人族のドラゴだ!」
男はぱっと顔を綻ばせた。
「やっぱりな! 俺はリコイ、あっちが女房のステンカだ。この白竜麺はな、昔、竜人族の村で食った味を再現したもんなんだ。ぜひ感想を聞かせてくれ」
どん、と丼が置かれる。
白く濁った熱いスープから、湯気がもうもうと立ちのぼった。胃袋を直接掴むような、濃い香り。
「うおー、美味そう……! いただきます!」
麺をすする小気味いい音が、店中に響く。
「……っ、うめえ! これ、オレの村の味と一緒だ!」
「そうかい、そりゃ良かった! どんどん食ってくれよ!」
横から、ステンカが顔を覗かせた。
「ドラゴは見ない顔だねえ。最近、王都に来たのかい?」
「ああ。守護者試験を受けに、さっき着いたとこなんだ」
「あらまあ!」
ステンカが手を打った。
「実はうちの子も、今度の試験を受けるんだよ。よかったら仲良くしてやっておくれ」
その時、がらり、と戸が開いた。
「ただいまー、配達終わったよ!」
入ってきたのは、同じ歳くらいの少年。ドラゴは、その顔に見覚えがあった。
「あ……お前、さっき街で走ってたやつ……!」
「えっ、何? 僕のこと?」
「ちょうど良かった。この子があんたと同じで、守護者試験を受けるのよ」
ドラゴは丼を置いて立ち上がった。
「オレはドラゴ・ヴォルガッシュ! 竜人族だ。よろしくな」
「僕はトジ・ストライド。ここの息子で、たまに出前を手伝ってるんだ」
「さっきのは出前だったのか、すげえ速さだったな! なんかの能力か?」
ドラゴが無邪気にそう聞いた、その瞬間。
リコイとステンカの顔が、一瞬だけ、こわばった。
トジは、ほんの少し視線を泳がせて、苦笑いを浮かべる。
「……ははっ、違うよ。実は僕、魔力が全くないんだ」
声が、わずかに揺れていた。
――この星の人間は魔力とともに生きている。
火を熾す者もいれば、水を操る者もいる。風を呼び、土を動かし、雷を落とす者もいる。
戦う者だけの話ではない。畑に水をやるのも、鍛冶場の炉に火を入れるのも、暮らしのあちこちで、みんなが当たり前に使っている。
魔力量が多い者もいれば、少ない者もいる。得意な属性も、人それぞれだ。
「おかしいよね。魔力ゼロで守護者なんて。絶対無理だって、昔からよく笑われてさ」
ばつが悪そうに、トジが目を伏せる。
「でも、どうしても諦めきれなくて……。少しでも何かできるようにって走ってたら、いつの間にか、あんな速さになってた、って感じかな。といっても、麺が伸びないように急いでただけなんだけどね」
冗談っぽくトジが笑う。
しかし、その目にはどこか寂しさが宿っていた。
すると、黙って聞いていたドラゴがトジに近づいていった。
いきなりガシッとトジの両肩をつかむと、
「やっぱお前、すげえ奴だな!!」
ドラゴの瞳は、きらきらと輝いていた。
「魔力なしで、あんなに速えのか!? それ、めちゃくちゃカッケーじゃねえか! よし、決めた! なあ、絶対に一緒に守護者になろうぜ!」
一点の曇りもない、真っ直ぐな声だった。
トジが、ぽかんと口を開ける。やがて、その顔がくしゃりと崩れた。
胸の奥に長年つかえていた何かが、ふっと軽くなる。
「……うん」
伏せていた顔を上げ、トジははっきりと笑った。
「うん、一緒に守護者になろう!」
二人の間に、あたたかいものが流れた。
その様子を見ていたリコイが、ごほんと咳払いをして、口を開く。
「トジ、すまんがもう一軒だけ、出前を頼めるか」
「うん、任せて!」
トジはドラゴを振り返った。
「ねえドラゴ、もうちょっと話したいから、店でゆっくりしててよ。……あ、そうだ、泊まるとこは?」
「それなんだよな……まだ宿も決めてなくて」
「じゃあ、うちに泊まりなよ! 空いてる部屋もあるし。父さん母さん、いいでしょ?」
「ドラゴが構わないなら、大歓迎さ。そのかわり、店は手伝ってもらうよ」
「本当か! ラッキー! じゃあ、世話になるぜ!」
「決まり!」
トジはリコイから白竜麺を受け取ると、出前用の箱に入れ、軽やかに身を翻した。
「出前、行ってくるね! すぐ戻るから!」
がらり、と戸が鳴る。
弾むような足音が街へと駆け出していった。
「ドラゴ、ありがとね」
「ん、なにが?」
「あの子ね、試験が近くなってきたせいか、最近ずっと元気がなくてさ。……あんなに明るく笑うあの子を見たの、久しぶりなの」
リコイも、太い腕で、ごしごしと目元をこすった。
「魔力がないってことで、あいつは……ずっと、色んなもんを我慢してきたからな」
ドラゴは、きょとんとした顔で二人を見て、それから、にっと歯を見せて笑った。
「なんだよ、そんなことか。オレはこの星No.1の守護者になるんだ。友達の笑顔を護るくらい余裕だぜ」
リコイとステンカは、顔を見合わせて――今度は、泣き笑いのような顔で笑ったのであった。
ぜひ、ブックマークと評価をお願いします!




