第1章 - 第1話
「――この世界を、一度終わらせる」
黒く分厚い雲が、地平線の端から端までを覆っている。
そこに映し出された男は、静かに、そう口にした。
その言葉に、世界中の人間が息を呑んだ。
魔具が映し出す光景が切り替わる。
鎖に繋がれた、三人の男。この国で最強と謳われた、聖守護者たちであった。
動かない彼らの周りに、獣たちが群がってくる。
血に飢えた牙。濁った眼。影のように、ぞろぞろと。
「では――新しい世界の夜明けに、乾杯」
男が、笑った。
次の瞬間、獣たちが一斉に飛びかかった。
街のあちこちで悲鳴が上がる。
しかし、誰も助けられない。何もすることができない。
最強のはずの守護者たちが、なすすべもなく呑み込まれていく。
――世界が絶望に満ちた。
◆◆◆
「――逃げろ! 逃げろぉっ! 」
王都アルビオンから少し離れた距離にある小さな集落。
穏やかな夕暮れに包まれた空気を、一つの叫び声が切り裂いた。
あちこちから悲鳴が聞こえる。 土煙を上げて、家屋が崩れる。
その奥から、巨大な影が姿を現した。
熊の魔獣。身の丈はゆうに二メートルを超え、一歩踏み出すたび、地面が重く揺れる。
全身を覆う鋼色の剛毛が、夕日を弾いてギラギラと光った。
「囲め! 武器を構えろ! 」
村の自警団が槍を構えて飛び出す。四人が散開し、先頭の男が渾身の力で穂先を突き立てた。
――だが。
ガキンッ、と硬い音がして、無情にも槍は根元からへし折られる。
すぐさま、後ろの男が水の魔法で攻撃を仕掛ける。水で作られた刃が魔獣の体に当たる。
しかし、先ほどの槍と同様、鋼の毛皮に弾かれびくともしない。
「くそ、攻撃が通らねえ! 距離をとれ!」
叫び声とともに、一斉に男たちが散った。
――すると。
「……ぐすっ、ひぐっ……」
崩壊した建物の近くで、泣き声がした。
一人の少女が逃げ遅れていたのだ。
魔獣の頭が、ゆっくりとそちらを向いた。
周囲の村人が事態に気づく。自警団は急いで少女のもとに走り、村人は悲鳴をあげる 。
「誰かっ! 助けて……!」
村人が叫ぶ。けれど、間に合わない。魔獣が前脚を高々と振り上げた。
大人の腕ほどもある爪が、夕日を受けて鈍く光る。
女の子の瞳に、その爪が映り込んだ。
誰もが、目を背けた――その瞬間。
鋼と鋼がぶつかる、凄まじい音が空気を震わせた。
衝撃とともに、土煙が舞い上がる。
視界が白く塗り潰される中で、 振り下ろされた爪は、一本の巨大な赤い大剣に真っ向から受け止められていた。
大剣の主は、赤い髪の少年だった。炎が逆立ったような、荒々しい赤。
涼しい顔のまま、魔獣の渾身の一撃を片手で押し返している。
少年は、ちらりと女の子に目をやって笑った。
「よお。大丈夫か? もう泣かなくていいぜ」
女の子が、泣きながら声を絞り出す。
「……お兄ちゃん、だれ……?」
魔獣が、地を揺らすほどの咆哮を上げた。けれど少年は、振り向きもしない。
ぐっと大剣に力を込め、魔獣を爪ごと弾き返す。
「オレはドラゴ・ヴォルガッシュ。この星でNo.1の守護者になる男だ」
魔獣の眼が細くなる。剛毛が逆立ち、四肢に力が満ちていく。
ドラゴは、その殺気を正面から受け止めて、不敵に笑った。大剣を両手で握り直す。
足元の土が、ぎしりと沈んだ。
「お前らの命も、後ろの家も、今日の晩飯も――オレが全部まとめて護ってやるよ!」
赤い熱が、刃を這い上がっていく。その熱は空気を伝って、遠巻きの村人たちにまで届く。
ドラゴが、地面を蹴った。
「喰らえ――『竜の爪』ッ!!」
振り抜かれた刃の軌跡に、一筋の赤い閃光が走る。
時が止まったかのような、静寂。
やがて、二メートルを超える巨体が、内側から断ち切られ、地響きを立てて崩れ落ちた。
もう、ぴくりとも動かない。
呆然と立ち尽くす村人たちの中から、女の子の両親が転がるように駆け出してきた。
我が子を抱きしめ、何度も何度もドラゴに頭を下げる。
やがて、くたびれた老人が一人、おずおずと歩み寄ってきた。
額の汗を袖で拭いながら、声を絞り出す。
「あ、ありがとう。あんた……守護者様かい?」
――守護者。
国に仕え、魔獣や賊から人々を護る、戦いの精鋭たち。
村の自警団とは、わけが違う。選び抜かれた者たちだ。
ドラゴは赤い大剣を肩に担いで、照れくさそうに頭を掻いた。
「いや。これから試験を受けに行くとこだ」
村人たちが、どよめいた。まだ守護者でもない少年が、自警団を蹴散らしたあの魔獣を、たった一撃で。
ざわめきを背に、ドラゴは顔を上げる。
地平線の先。茜色の空を背に、見上げるほど巨大な防壁がそびえ立っていた。
王都アルビオン――彼の目指す場所だ。
少年は熱を帯びた声で呟いた。
「待ってろよ、王都。――オレがNo.1だ」
赤い髪を夕風になびかせて、ドラゴ・ヴォルガッシュは歩き出した。
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