第6話 ──「狩りの、時間だ」
包囲の中央。賊の群れの中から、一人の男がゆらりと歩み出た。
布の隙間から覗く目が酷く冷たい。
男は、パウルを呑み込んだ岩を一瞥した。
人がひとり死んだ場所を見る目つきではなかった。
道端の石でも眺めるような、それだけの一瞥だった。
それから見習いたちを、舐めるように見回した。
「……護衛はただのガキの群れか」
低い、感情のない声。
「狩りの時間だ。一人残らず、片付けろ」
それだけ言うと、男は再び口を閉ざした。
合図はなかった。号令も、雄叫びもない。
ただ――敵が一斉に動き出す。
「うおおおっ、よくもやりやがったな!」
真っ先に飛び出したのは、ドラゴだった。
怒りのまま、大剣を振りかぶって突進する。
「何が目的か知らんが、叩き潰すまでだ」
さらに、ガロウも後に続く。
「ドラゴ、ガロウ! 勝手に動かないで――」
トジの制止は届かない。
迫る賊に、ドラゴは渾身の一撃を放つ。
赤い魔力をまとった大剣が、振り下ろされる。
しかし、相手は、半歩、体をずらしただけで、大剣をかわす。
空を切った刃が、勢いを殺しきれずに地面へ食い込む。
「――振りがでかすぎだ」
そして、がら空きになったドラゴの脇腹へ、鋭い蹴りを叩き込んだ。
「ぐ……っ!?」
肺の空気が、一気に押し出される。
ドラゴの体が、後ろに吹き飛ぶ。
地面を転がり、砂利に顔を擦りつけた。
ガロウも敵に向かい、攻撃を仕掛ける。
抜き放たれた漆黒の刀身に、ぞっとするような殺気が集まっていく。
「くらえ――『百鬼……」
空気が歪み、ガロウの輪郭が二つ、三つへと膨れ上がった。
「必殺技の前ってのは、結構、隙が生まれるもんだぜ」
その瞬間、相手の足が地面を蹴り上げた。
落石で砕かれた岩の粉が、ガロウの顔を襲う。
狙う先を失った刃先がぶれ、膨れかけていた残像が、ゆらりと搔き消えた。
「ちぃっ! なっ……!」
そのまま頭をつかまれ、岩壁に向かって投げ飛ばされた。
ゴッ――!!
叩きつけられた岩肌に、亀裂が走る。
ガロウの体が、ずるずると壁を滑り落ちていった。
「ドラゴ、ガロウ!? くそっ……! 『光の矢』!」
杖の先に、まばゆい光が収束する。
放たれた無数の光の矢が、空気を裂いて賊へ走った。
だが――後方の仲間が風魔法を放つと、生み出された空気の流れに、サシャの放った光の矢は向きを変え、自分たちのほうを向いた。
横から吹きつけた突風が、光の軌道を、根こそぎ押し曲げたのだ。
「返してやるよ」
百発百中の精密射撃が、そのままの速さで二人へ迫る。
「きゃあ!」
避ける間もなく、足元で光が炸裂した。
衝撃に押し上げられ、サシャとシエルの体が、後ろへ転がった。
「こいつら数も多いけど、一人一人が結構やるニャ!」
跳躍したミーナが、空中で身を捻る。
自身の武器である双短剣で賊と剣を交える。
だが、軽やかに着地した瞬間――足がぴたりと地面に貼りついた。
いつの間にか足元に粘着力のある水が仕掛けられていた。
「ニャ……!? う、動けないニャ!」
跳べない。かわせない。
自身の身軽さを、たった一歩で奪われた。
もがくミーナへ、敵が静かに迫る。
「ミーナさん! 『朱雀炎武』ッ!」
グレンが炎を放つ。
しかし、相手もすっと手をかざし、高出力の水魔法を放つ。
グレンの炎は相殺された。
さらに、激しい炎を水で搔き消したことにより、真っ白な水蒸気が立ち上る。
ジュウウッ、という音とともに、むっとした熱い湿気が、渓谷いっぱいに膨れ上がった。
すると、賊の一人が風魔法を放つ。風に乗ったその白煙は戦場を覆い尽くした。
「っ、視界が……!」
煙に巻かれ、ライラが目を細める。雷を纏った剣が、標的を見失って空を切った。
「ゴウエン、どこだ! 背中を合わせ――」
「おうっ、こっちだライ……うおっ!?」
白い煙の向こうから、幾筋もの斬撃が飛んできた。
声のしたほうへ、正確に。
「安易に声を出すのは良くないな」
ゴウエンがとっさに盾を構える。
だが、どこから飛んでくるのか分からない刃は、防ぎようがない。
ライラも刀を振るった。弾き返せたのは、そのうちの一本だけ。
残りの刃が、二人の体をかすめていく。
ゴウエンの腕と、ライラの肩に、赤い線が走った。
誰も、有効打を出せないまま、仲間の声だけが、あちこちで上がる。
「くそっ、敵はどこだ……!」
「動けないニャ……!」
「馬車だけは阻止するっす……!」
相手は明らかに戦い慣れていた。
派手な攻撃は一切ない。ただ冷静に、着実に、十人を追い詰めていく。
そして――白煙の中で、トジは、あることに気づいていた。
……あいつら、一人で戦ってない
誰かが仕掛け、誰かがそれに手を加え、誰かがその結果を刈り取る。
攻撃が、繋がっている。
やがて、立ち込めていた真っ白な水蒸気が晴れていく。
トジは全体を見渡した。
吹き飛ばされていたドラゴは再び立ち上がり、また闇雲に敵に突っ込む。
ガロウや他の仲間たちも同様に、目の前の敵しか見えていない。
人数も戦闘経験も不利なこの状況下であるにもかかわらず、ただ各々で戦っている。
……こっちは、誰の攻撃も、繋がってない
このままでは、全員が殺される。
声では、届かない。
無理やりにでも、全員の耳を、こちらへ向けさせないと。
トジは銃口を空へと向ける。
そして、通常よりも多くの魔力を吸収し、強く引き金を引いた。
パアンッ――――!!
普段とは違う、大きな銃声が渓谷の岩壁に幾重にもこだました。
その音に、ドラゴが、みんなが、敵までもが、びくりと動きを止めた。
銃口を下げ、まっすぐに前を見据えるトジ。
敵と味方、全ての視線が一斉に集まった。




