第2章 - 第4話
「へー、シエルも国軍兵だったのね」
「ええ、といっても去年からだから一年だけだけどね」
穏やかな日差しの下、隊列にはすっかり打ち解けた空気が流れていた。
「ねえねえ、トジ」
ぴょこぴょこと跳ねるように歩きながら、ミーナが無邪気に首をかしげる。
「トジって、なんで守護者になろうって思ったニャ? 魔力がないって結構大変だと思うけど」
悪気のない、まっすぐな問い。
トジは一瞬、足元に視線を落とした。少しだけ、言葉を選ぶように口をつぐむ。
「……えっと、ね。ちょっと、長くなるかもだけど」
それから、ふっと柔らかく笑った。
「僕、本当の親が誰なのか、分からないんだ」
歩く足音が、わずかに静かになる。
「僕さ、赤ん坊の頃に道に捨てられてたらしくてさ。泣いてた僕を拾ってくれたのが――今の、父さんと母さんなんだ」
寂しさは、その声にほとんど滲んでいなかった。むしろ、どこか誇らしげですらある。
「二人は、旅商人をやってて。でも、僕を育てるために、危険を伴うその仕事を辞めて、王都で小さな店を開いたんだ。血も繋がってない、どこの子かも分からない僕のために、人生をまるごと変えてくれたんだよ」
トジは、ぎゅっと拳を握った。
「だから、僕は決めたんだ。今度は僕が、あの二人を護れるくらい強くなろうって。父さんと母さんが安心して暮らせる、平和な国にしたいって。……それが、僕が守護者を目指した理由だよ」
みんながトジの言葉に聴き入っていた。
「それに、僕が強くなったら、また旅商人に戻っても護衛ができるしね!」
トジは照れくさそうに笑う。
数歩分の、優しい沈黙。
それを破ったのは、ミーナだった。
ぴょん、と一際大きく跳ねて、トジの顔を下から覗き込む。
「……トジは、いい子だニャー!」
目をきらきらと輝かせて、満面の笑み。
「アタシ、トジのこと大好きになったニャ!」
「わ、わわっ、ありがとうミーナ」
慌てるトジに、今度はグレンが歩み寄った。生真面目な表情のまま、しかし瞳には確かな熱を宿して、力強く頷く。
「立派な志です。……魔力の有無など、些細なこと。自分はあなたを尊敬します!」
「へへっ、トジは見どころあると思ってたぜ!」
ドラゴが背中をバシバシと叩き、ゴウエンが「いい話じゃねえか!」と豪快に笑う。
シエルが穏やかに目を細め、サシャも――そっぽを向きながら、口元をほんの少しだけ緩めていた。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
トジは照れ臭そうに頭を掻きながら、それでも嬉しそうに笑った。
和やかな空気のまま、一行は進み続けた。
◆◆◆
やがて――前方の景色が、変わり始める。
なだらかだった道が次第に狭まっていき、両脇に、高く険しい岩壁がそびえ立ち始めた。
空を切り取るように切り立った崖が、左右からじわじわと迫ってくる。
日差しが、岩肌の影に遮られて、少しずつ翳った。
「……ここを抜けるのが、目的地までの最短ルートだ」
パウルが後方から低く告げる。
「もし何か起きるとしたらこの道だ。気を抜くなよ」
その一言で、空気がぴりっと引き締まった。
パウルの指示で、ドラゴとガロウが、馬車の前方へ。
ライラとゴウエンが右の側面、グレンとミーナが左の側面に展開する。
サシャとシエルが馬車のすぐ両脇を固め、カイトとトジが最後尾についた。
十人が馬車を中心に円を描いて動いた。
――渓谷の中は、ひどく静かだった。
風の音もしない。鳥の声もしない。
あるのは、自分たちの足音と、馬車の車輪が軋む音だけ。
その不気味な静寂が、肌をぞわりと撫でていく。
「……なんか、嫌な感じっすねー」
カイトが、ぽつりと呟いた。
その時だった。
ピタリ、と先頭を歩いていたガロウの足が、止まる。
すっと天を仰いだ。その鋭い眼が、崖の上――頭上の一点を、射抜くように捉える。
「……来るぞ」
短い、たった一言。
次の瞬間。
ゴゴゴゴ……ッ、と地の底から響くような重低音が、渓谷全体を震わせた。
空気が、ずしりと押し潰される。
全員が、反射的に頭上を見上げた。
崖の上から、空を覆い尽くすほどの――無数の巨岩が。
馬車を、十人をまとめて押し潰さんと、地響きを上げて降り注いできた。




