第2章 - 第3話
――魔人族、その言葉に、少しの間、沈黙が流れる。
車輪の軋む音だけが、やけに大きく響いている。
サシャは前を向いたまま、歩き続ける。その横顔は、わずかに強張っている。
マントの裾を握る指先に、ぎゅっと力がこもった。
しかし、張り詰めた沈黙を、真正面から断ち切る声があった。
「ふむ。それが、どうかしたのか」
腰に刀を差した、騎士の格好をした女性だった。
背筋をピンと伸ばしたまま、大真面目な顔でサシャに向き直る。
「私はライラ・レヴィン。雷使いの剣士だ。もともと、国軍兵をやっていた」
淡々と、しかしはっきりと続ける。
「国軍兵の中にも、魔人族はいた。腕の立つ、いい奴らだった。だから――種族がどうとか、特に気にすることではない。これからよろしく頼む」
サシャの目が、わずかに見開かれた。
「おいおい、ライラ。硬えよ!」
その隣で、岩山のような大男が豪快に笑った。
筋骨隆々の巨漢、ゴウエンだ。分厚い肩を揺らし、白い歯を見せる。
「俺はゴウエン・フォルテス。土魔法を使う。俺もライラと一緒に、国軍兵をやってた口だ」
ぐっと、親指を立てる。
「いいか、守護者になろうなんて物好きどもが、生まれや種族で相手を値踏みするかってんだ。気楽にやろうぜ! ……まあ、なんか危ねえことがあったら、この俺の広い背中に隠れときゃいい。な、ライラ!」
「いや。私は前衛だ。ゴウエンの後ろに隠れる必要はないが」
「……だぁーっ、真面目すぎんだろお前は!」
ゴウエンが大げさに頭を抱え、ミーナが「にゃはは!」と吹き出す。
張り詰めていた空気が、その豪快な笑い声に押されて、一気にほどけていった。
サシャは、ふっと肩の力を抜いた。
帽子を目深に被り直し、口元を隠す。そして、誰とも目を合わせないよう、そっぽを向いたまま――
「……ありがとう」
風に紛れて消えてしまいそうなほど小さな声で、呟いた。
和やかな空気が、列いっぱいに満ちかけた、その時。
一人だけ、その温度を拒む者がいた。
「……くだらねえ」
先頭を歩くガロウが、振り返りもせずに吐き捨てる。
「あの、ガロウも……」
トジがガロウに話しかける。
「ちっ、俺はガロウ・キバ。仲良しごっこをする気はない。俺が認めるのは強い奴だけだ」
短く、それきり。
ぴしり、と空気が冷えた。
「なんだよ、暗い奴だな!」
すかさず、ドラゴがヤジを飛ばす。
――ジャリ。
ガロウの足が、止まった。
ゆっくりと振り返り、腰の刀の柄に、静かに手を置く。
「……やるのか?」
低く、ざらついた声。
「うおっ、いいぜ! 今ここで――」
「わー、待って待って待って!」
飛び出したのは、トジだった。両手を広げ、二人の間に必死に割り込む。
「やめてよ二人とも! これから一緒に戦う、仲間でしょ……!?」
ドラゴとガロウの間で、トジは大きく息を吐いた。
そして、空気を変えるように、ぱっと笑顔を作る。
「……えっと。じゃあ、最後は、僕の番だね」
胸の前で、両腰に下げた二丁の銃に、そっと触れた。
「僕はトジ・ストライド。みんなも知ってると思うけど……僕には、魔力が全くないんだ」
一瞬、言葉が詰まる。だが、彼はすぐに顔を上げた。
「その代わり、この魔具の銃で戦うよ。みんなの足を引っ張らないように、精一杯やるから――よろしくね」
ガロウは、ふん、と鼻を鳴らしただけで、再び前を向いて歩き出した。
ドラゴも「ちぇっ」と頬を膨らませつつ、それ以上は追わない。
危うい火種は、ひとまず立ち消えた。
これで、十人全員の名乗りが終わった。
不思議なものだ。
あれほどぎこちなかった隊列に、いつの間にか、ぽつ、ぽつと、言葉が交わされ始めている。
「ねえカイト、その水筒って何が入ってるの?」
「企業秘密っすー」
「ゴウエンの筋肉凄いニャ! うらやましいニャ!」
「お、一緒にトレーニングするか?」
「ねえ、あんた、そんなに背筋伸ばしてて疲れないの?」
「守護者たるもの、国民のお手本にならないといけませんから!」
マントが風にはためき、ばらばらだった足音が、少しずつ揃い始める。
砂利を踏むリズムに、軽い笑い声が混じった。
トジは、その温かなざわめきを聞きながら、ふと空を見上げた。
雲一つない、よく晴れた青空。
このチームなら。みんなとなら、――上手くやっていけるかも
トジは少しだけ軽くなった足取りで、仲間たちと肩を並べて歩いた。




