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自己暗示の異世界無双 〜信じ込めた力だけが、俺の武器になる〜  作者: あちゅ和尚


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第19話 逃げ道を売る

 作業部屋の机の上に、西市場周辺の簡易地図が広げられた。


 灰鴉亭。


 西市場。


 染物屋の並ぶ裏通り。


 使われなくなった井戸。


 荷置き場。


 細い路地。


 そして、欠け指が動くという外れの広場。


 俺は椅子に座ったまま、木札を並べていた。


 身体は昨日よりましだ。


 だが、まだ現場へ出る状態ではない。


 背中の痛みは鈍くなったが、太腿は長く立つと重い。


 行きたい、と思う。


 現場を見たい。


 自分の目で、人の流れを、荷の動きを、欠け指の動きを見たい。


 けれど、それは今やるべきことではない。


 俺が出れば、俺を守る人間が必要になる。


 俺が倒れれば、作戦そのものが乱れる。


 なら、ここにいる。


 ここで道を組む。


「顔が出たがっている」


 ガルドが言った。


「顔でわかります?」


「わかる。だが、行かせん」


「言われる前にわかってます」


「ならいい」


 俺は地図に視線を戻した。


 今夜、欠け指が西市場の外れで危険荷を集める。


 灰鴉亭の店主ダンテがそう知らせてきた。


 黒い布の合図。


 日雇いの運び手。


 中身不明の小荷物。


 おそらく、黒鳴石だけではない。


 道を汚す荷は、いくらでもある。


 俺たちがやるべきことは、ただ欠け指を捕まえることではない。


 危険荷と、運ばされる人間を切り離すことだ。


 ノルのような若者を、もう1人出さないことだ。


 俺は木札を3つ置いた。


 危険荷。


 日雇い。


 逃げ道。


 マルセルが覗き込む。


「逃げ道?」


「はい。危ない荷を受けようとしている人間が、やめても行く場所がなければ、結局受けます」


「だから臨時仕事札か」


「はい」


 商人ギルドは、今夜だけ西市場近くに臨時の受付を出す。


 表向きは、谷村物資の仕分け人足と、翌朝の荷下ろし人員の募集。


 日当は高くない。


 だが、前払いで食事券を少し出す。


 さらに、危険荷を断って来た者は、名前を記録し、明日の仕事を優先的に回す。


 危険な荷を運ぶな。


 そう言うだけでは足りない。


 運ばないなら、こっちへ来い。


 そういう逃げ道を見せる必要がある。


「甘いな」


 マルセルが言った。


「はい」


「だが、欠け指から人手を削るには使える」


「そこです」


「商売としては赤字だ」


「初回は仕方ないです」


「簡単に言うな」


 マルセルは文句を言いながらも、すでに臨時仕事札を用意していた。


 谷村物資仕分け。


 荷札読み補助。


 水桶運搬。


 倉庫整理。


 軽急便下働き。


 どれも地味な仕事だ。


 だが、危険荷よりはずっといい。


 ガルドが地図の外れを指差す。


「領兵は、ここに2人。裏路地に3人。俺と護衛2人は灰鴉亭側に立つ」


「直接踏み込むんですか」


「欠け指が出ればな。だが、先に荷を押さえる」


「荷を?」


「人は逃げる。荷は逃げん」


 ガルドらしい言い方だった。


 だが、正しい。


 欠け指を捕まえようとして騒ぎが大きくなれば、日雇いたちは散る。


 荷も散る。


 危険物が街へばらまかれる。


 最優先は危険荷の回収。


 次に日雇いの安全。


 欠け指の捕縛は、その後だ。


「黒札の条件に合う荷は、現場で開けないでください」


 俺は言った。


「わかっている。封印係を呼んである」


「あと、触らない。持つなら布か革手袋。黒鳴石みたいに粉が出る可能性があります」


「それも伝えてある」


 ガルドは少しだけ口元を緩めた。


「お前、本当に口うるさくなったな」


「うるさいくらいで止まる事故なら、うるさくします」


「悪くない」


 その時、セリアが新しい木札を持ってきた。


「臨時受付用の札です」


 そこには、短くわかりやすい文字が書かれている。


 危ない荷を断った者へ。


 商人ギルドで明日の仕事あり。


 名前を記録。


 食事券あり。


 中身不明の荷は持ち込むな。


 俺は読みながら頷いた。


「これ、いいです」


「読みやすさを優先しました」


「俺でも読めます」


「そこを基準にしました」


「なるほど」


 少し傷つく。


 だが、正しい。


 字が苦手な日雇いにも読めなければ意味がない。


 難しい契約文ではなく、短く、すぐわかる札。


 これも道だ。


 文字の道。


     ◆


 夕方になる前に、ノルが詰所から商人ギルドへ連れてこられた。


 まだ顔色は悪い。


 だが、自分の足で歩けている。


 手の包帯は残っているが、命に別状はなさそうだった。


「妹さんは、薬師が見ました」


 俺が言うと、ノルはすぐに顔を上げた。


「ミナは?」


「熱はありますが、命にすぐ関わるほどではないそうです。薬代はマルセルさんが立て替えました」


 ノルはマルセルを見た。


 マルセルは帳面から目を上げずに言う。


「貸しだ。返せ」


「……はい」


「ただし、危険荷を運んで返すな。正規の仕事で返せ」


 ノルは唇を噛み、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 マルセルは鼻を鳴らしただけだった。


 俺はノルに椅子を勧めた。


「今夜、欠け指が動くかもしれません」


 ノルの肩がびくりと震えた。


「俺に、何をしろって言うんだ」


「現場へは出しません」


「え?」


「あなたはまだ回復していません。欠け指に見つかれば危ない。だから、ここで教えてください」


「何を」


「日雇いが、どこで仕事を待つか。欠け指が声をかけそうな人はどんな人か。黒い布の合図はどこに出そうか。逃げるならどの路地を使うか」


 ノルはしばらく黙った。


 自分が責められると思っていた顔から、少しずつ違う表情へ変わる。


 役に立てるかもしれない。


 そんな顔だ。


「西市場の外れなら、古井戸の横だ。夕方になると、日雇いが集まる。仕事にあぶれた奴は、灰鴉亭へ行く前にそこへ寄る」


「欠け指はそこに来る?」


「本人は来ないかもしれない。手下みたいな男がいる。背の低い、黄色い布を腕に巻いた奴。そいつが声をかける」


「黄色い布」


 俺は木札に書く。


「黒い布の合図は?」


「古井戸の近くに、折れた柱がある。そこに結べば、灰鴉亭の裏口から見える」


「なるほど」


 灰鴉亭。


 古井戸。


 折れた柱。


 黒布。


 黄色い布の男。


 日雇い。


 危険荷。


 少しずつ、道が見えてくる。


 ノルは震える手を握った。


「俺、馬鹿だった」


「そうかもしれません」


 俺はあえて否定しなかった。


 ノルが顔を上げる。


「でも、馬鹿だったことと、次にどうするかは別です」


 ノルの目が揺れた。


「次……」


「危ない荷を見分ける側に回ってください。あなたは受けた側だから、受ける人間の気持ちがわかる」


「俺にできるのか」


「できます。ただし、今日はここで情報を出すだけ。現場へは行かない」


「……わかった」


 ノルは頷いた。


 その頷きは弱い。


 でも、逃げてはいなかった。


【役割分担確認】


【対象:ノル】


【危険荷経験者】


【配置:情報提供】


【状態:安定】


 頭の奥の表示を見て、俺は小さく息を吐いた。


 ノルを現場へ出さない。


 それも大事だ。


 罪悪感で無理をさせるのは、別の形の危険荷を背負わせることになる。


     ◆


 日が落ちる少し前、作戦が始まった。


 俺は商人ギルドの作業部屋に残った。


 机の上には西市場の地図。


 木札。


 報告用の空札。


 灯り石。


 水。


 粥。


 そして、黒札の写し。


 現場にはガルド、領兵、マルセルの部下、セリアが選んだ書記見習いが出ている。


 セリア本人はギルドに残り、俺と一緒に報告を整理する。


 ノルも隣の部屋にいる。


 無理をさせないため、聞き取りが必要な時だけ呼ぶ。


 待つ時間は、いつも嫌だ。


 薬草急送の時もそうだった。


 バルム搬送の時もそうだった。


 現場が見えない。


 自分は動けない。


 ただ、情報を待つ。


 けれど、今は少しだけ慣れていた。


 待つのも仕事だ。


 待って、受けて、並べて、次を出す。


 それが今の俺の役割だ。


 最初の報告が来たのは、日没から少ししてだった。


「古井戸付近、日雇い約20人。灰鴉亭からダンテの手の者2人。商人ギルド臨時札を設置。反応あり」


 職員が読み上げる。


 俺は木札を置く。


 日雇い20。


 臨時札設置。


 反応あり。


「反応の内訳は?」


「食事券目当てに5人が臨時受付へ。危ない荷を断るなら仕事があるのか、と確認」


「よし」


 まず5人。


 欠け指側から削れた可能性がある。


 次の報告。


「黄色い布の男、確認。日雇い3人に声をかけています。小箱ではなく、革袋を見せたとのこと」


 黄色い布。


 手下。


 革袋。


 小箱ではない。


 荷の形を変えてきた。


 俺はノルを呼んでもらった。


「欠け指は、小箱以外も使いますか」


 ノルは顔をしかめる。


「使う。革袋に入れて、中身を聞くなって言う。小箱より安い仕事の時だ」


「袋の中身は?」


「石とか、小瓶とか、紙包みとか」


「触ると危ないことは?」


「ある。粉が漏れるやつもある」


 やはり。


「現場へ伝えてください。革袋も黒札条件に入れる。中身不明、手渡し禁止、布越しでも注意」


 セリアがすぐに書く。


 伝令が走る。


 2つ目の報告。


「臨時受付へさらに7人。うち2人が、黄色い布の男から声をかけられたが断ったと申告。内容は、東外れの倉庫へ革袋を運べ、報酬銀貨1枚」


 銀貨1枚。


 高いが、金貨ほどではない。


 東外れの倉庫。


 また人目の少ない場所だ。


「その2人は保護。名前を記録。明日の仕事札を渡してください。怖がっているなら、灰鴉亭へ戻さず、ギルド側の仮寝所へ」


 マルセルなら渋るだろうが、今は必要だ。


 セリアが少しだけ眉を上げた。


「仮寝所も?」


「戻ったら、また声をかけられるかもしれません」


「わかりました」


 また伝令が走る。


 情報が来る。


 札が動く。


 人が動く。


 俺はここから、見えない市場の流れを追う。


 頭の奥に表示が浮かぶ。


【流通制御:起動中】


【対象:西市場外れ】


【人員流入:臨時受付へ12】


【危険荷候補:革袋】


【敵側人員:黄色布の男】


【目的:危険荷と日雇いの分離】


 数字が出る。


 便利だが、万能ではない。


 これは俺の認識を整理しているだけだ。


 現場の実数とはズレるかもしれない。


 だから、報告がいる。


 記録がいる。


 また報告が来た。


「黄色い布の男、臨時受付の札を破ろうとしました。ダンテの手の者が止めました。小競り合い寸前。ガルドが間に入り、現在睨み合い」


 部屋の空気が張る。


 ここで戦闘になれば、日雇いたちが散る。


 危険荷も散る。


「伝えてください。札の予備を増やす。破られたらすぐ貼り直す。相手を捕まえるより、日雇い側の入口を守る。黄色い布の男を刺激しすぎない」


 セリアが書く。


「捕まえないのですか」


 職員が聞いた。


「今はまだ。荷の場所が見えていません。男だけ捕まえると、荷が別へ流れる」


 ガルドならわかるはずだ。


 人ではなく、荷。


 まず危険荷を見つける。


 そのためには、少し泳がせる必要がある。


 嫌な判断だ。


 だが、ここで焦ると崩れる。


     ◆


 次の報告は、かなり重要だった。


「黄色い布の男が、日雇い2人を連れて灰鴉亭の裏へ移動。ガルド隊が追跡。臨時受付に来た者から、革袋は灰鴉亭裏の空樽に隠してあるとの情報」


「空樽」


 俺は地図を見る。


 灰鴉亭の裏手。


 酒樽が積まれる場所。


 人目はあるが、雑然としている。


 荷を隠すには向いている。


「ダンテは協力していますか」


「灰鴉亭の店主は、裏口を開けて領兵を入れると言っています」


「なら、空樽の確保を最優先。開けない。動かす前に封印係。周囲の日雇いを下げる」


 伝令が走る。


 俺は木札を握った。


 見えてきた。


 欠け指本人ではないかもしれない。


 だが、危険荷の置き場が見えた。


 空樽。


 革袋。


 灰鴉亭裏。


 黄色布。


 この流れを押さえれば、少なくとも今夜の荷は止められる。


 しかし、次の報告で状況が変わった。


「空樽、3つあり。うち2つは空。1つに革袋3つ。封印係を待機中。黄色い布の男は逃走。日雇い2人は保護」


「欠け指は?」


「確認できず」


 逃げた。


 いや、最初から現場にいなかったのか。


 黄色い布の男だけが動いていた。


 欠け指は、また別の場所で見ていた可能性がある。


 俺は唇を噛んだ。


 荷は押さえた。


 人も一部保護した。


 だが、本体は逃げた。


「革袋の周囲に粉や異臭は?」


「報告なし。ただ、袋の口に黒紐」


 黒紐。


 黒い箱と同じだ。


 俺は息を吐いた。


「黒札対象。封印係以外触らない。空樽ごと囲ってください」


 セリアが頷き、伝令へ渡す。


 その時、隣室からノルがふらふらと出てきた。


「黒紐なら、欠け指の荷だ」


「ノルさん、座って」


「大丈夫だ。黒紐は、運び手が開けたらわかるようにする印だ。切れてたら報酬を減らされる。けど、たぶん粉も仕込んでる」


「報酬を減らすため?」


「違う。勝手に開けた運び手を黙らせるためだ」


 ノルの声が震える。


 自分の手を見ていた。


 包帯の下に、その恐怖が残っているのだろう。


「ありがとう。座ってください」


 ノルは頷き、椅子に沈んだ。


 俺は伝令に追加する。


「黒紐は切らない。封印係にそのまま渡す。運び手が開けたと見せかける罠の可能性あり」


 情報が流れる。


 現場が動く。


 俺は作業部屋の机に両手を置いた。


 手が少し震えていた。


 怖い。


 やはり怖い。


 しかし、この怖さは必要だ。


 怖いから触らない。


 怖いから記録する。


 怖いから人を下げる。


 恐怖は判断材料だ。


 消すものではない。


     ◆


 夜が深まる頃、ガルドが戻ってきた。


 外套には埃がつき、手には血ではなく泥がついている。


「怪我は?」


 俺が聞くと、ガルドは首を振った。


「こちらにはない。日雇い2人も無事だ。黄色布は逃げた」


「荷は?」


「革袋3つを封印係が回収した。中身はまだ確認中だが、1つから黒鳴石の粉。1つから乾いた魔物の血。もう1つは紙束だった」


「紙束?」


「ああ。道順の写しらしい。北道、谷村、鉱山町への脇道、商人ギルドの軽急便が使った経路が書かれていた」


 背筋が冷えた。


 北道の情報。


 谷村。


 鉱山町。


 軽急便の経路。


 欠け指たちは、こちらの道を見ている。


 ただ危険荷を運ばせているだけではない。


 こちらの仕組みを調べている。


 俺は机の上の地図を見た。


 自分たちが作った道が、敵にも見えている。


 道は便利だ。


 だが、見える道は狙われる。


 マルセルが低く言った。


「漏れたか」


「どこからですか」


「人の口だろうな。薬草急送も、老薬師搬送も、多くの者が知っている」


 隠し切れるものではない。


 成功した仕事は広がる。


 広がれば、道も知られる。


 なら、道を固定しすぎてはいけない。


 同じ経路、同じ時間、同じ受け渡し。


 それは狙われる。


「軽急便の経路は、固定しない方がいいですね」


 俺は言った。


「毎回変えるのか」


「変えられる部分は。少なくとも、依頼札に書く経路は必要最小限。関係者以外には見せない。先触れも、全部の道順を持たせない」


 セリアがすぐに書き始める。


「経路秘匿規定ですね」


「難しい言葉が来た」


「必要な言葉です」


 また仕事が増える。


 だが、必要だ。


 軽急便は目立ち始めている。


 その分、狙われる。


 なら、速さだけでなく、見えにくさも必要になる。


 ただし、隠しすぎれば現場が迷う。


 どこまで知らせ、どこから隠すか。


 また線引きだ。


「今日の成果は?」


 オルディンが、いつの間にか部屋に入っていた。


 ガルドが答える。


「危険荷3つ回収。日雇い12人が臨時受付へ。うち2人は欠け指側から離脱。黄色布は逃走。欠け指本人は未確認」


「十分だ」


「しかし、経路情報が抜かれていた」


「それも成果だ。敵が何を見ているかがわかった」


 オルディンの言葉は冷静だった。


 確かに、怖い情報ではある。


 だが、知らないままよりはいい。


 見えた危険は対策できる。


「アスト」


「はい」


「今夜の臨時受付は続ける価値があるか」


「あります」


 俺は即答した。


「日雇い12人が流れました。欠け指側から2人離れた。これは大きいです。危険荷を止めるだけじゃなく、人を抜け道から正規の仕事へ流せる可能性があります」


「費用はかかる」


 マルセルが言う。


「でも、危険荷を運ばれて北道が荒れるより安いです」


「またそれか」


「はい」


 マルセルはため息をつき、帳面を開いた。


「継続案を出す。週に2回、臨時仕事札を西市場へ。軽急便下働きの試験雇い。危険荷申告者への食事券。ただし、不正申告が出るだろうな」


「出ますね」


「対策は」


「危険荷を持ってきた者に食事券を渡すのではなく、情報確認後に。あと、同じ人が何度も嘘を出せないよう記録。名前がない人は特徴でも記録」


 セリアが頷く。


「特徴記録簿が必要ですね」


「また増えた」


「増やしているのはあなたです」


「すみません」


 でも、これが仕組みになる。


 人を危険荷から引き離す道。


 灰鴉亭のような裏の入口を、完全に潰すのではなく、正規側へ少しずつ流す。


 簡単ではない。


 反発もある。


 欠け指は逃げた。


 黄色布も逃げた。


 敵は残っている。


 それでも、今夜は少しだけ人と荷を分離できた。


【任務進行】


【危険荷流入阻止:部分成功】


【危険荷3件回収】


【日雇い12名を臨時受付へ誘導】


【欠け指:未捕捉】


【新規リスク:経路情報流出】


【役割固定:運び手】


【評価:人員流路の代替提示に成功】


 部分成功。


 その通りだ。


 勝ったわけではない。


 でも、負けてもいない。


     ◆


 夜更け、作業部屋に残ったのは俺とセリアだけになった。


 マルセルは帳面を抱えて別室へ。


 ガルドは領兵との話へ。


 オルディンは灰鴉亭の扱いについて、ダンテと話すらしい。


 ノルは仮寝所で休ませた。


 明日、妹のミナの様子を見てから、今後の仕事を決める。


 俺は椅子に沈み込み、深く息を吐いた。


「疲れましたか」


 セリアが聞く。


「かなり」


「では、もう休むべきです」


「そうですね」


 そう言いながら、俺は地図を見ていた。


 西市場。


 灰鴉亭。


 古井戸。


 臨時受付。


 危険荷の空樽。


 日雇いの流れ。


 どこからどこへ人が動いたか。


 どこで荷が止まったか。


 その線を、頭の中で何度もなぞる。


「あなたは、荷だけでなく、人の行き先も見ているのですね」


 セリアが言った。


「見えてしまったので」


「見えるものが増えると、疲れます」


「はい」


「だから記録が必要です。頭の中だけで持つと、あなたが潰れます」


 その言葉は重かった。


 俺は頷いた。


「書いてください。今日の流れ」


「あなたが言うのです」


「はい」


 俺はゆっくり話し始めた。


 古井戸に日雇い20人。


 臨時札で5人、さらに7人。


 黄色布の男。


 革袋。


 灰鴉亭裏の空樽。


 危険荷3つ。


 日雇い2人保護。


 欠け指未確認。


 経路情報流出。


 臨時受付継続案。


 セリアは黙って書いていく。


 文字が紙の上に並ぶ。


 俺の頭の中の重さが、少しずつ外へ出ていく。


 記録とは、荷下ろしなのかもしれない。


 頭の中に積みっぱなしにすると、いつか崩れる。


 紙へ下ろす。


 人と共有する。


 そうして初めて、次へ進める。


 書き終わる頃には、夜はかなり深くなっていた。


 セリアは紙を乾かしながら言った。


「今日はここまでです」


「はい」


「本当に休んでください」


「はい」


「返事だけなら、受理不可です」


「厳しい」


 セリアの言葉に、少し笑った。


     ◆


 下宿の部屋へ戻ると、身体が一気に重くなった。


 杖を壁に立てかけ、ベッドに座る。


 背中が痛む。


 太腿も重い。


 だが、心の中は少しだけ整理されていた。


 欠け指は逃げた。


 危険荷は3つ止めた。


 日雇いの何人かは別の道へ流れた。


 ノルの妹には薬師が行った。


 灰鴉亭のダンテは、敵とも味方とも言えない。


 裏道は、完全には消えない。


 それでも、正規の道ができれば、危ない荷が少し見えやすくなる。


 俺は胸の奥で自分を確認した。


 俺。


 51歳。


 大型トラック運転手。


 日本で事故に遭った。


 今はアスト。


 固有スキルは自己暗示。


 役割は運び手。


 荷を届ける。


 人を壊さず運ぶ。


 流すものと止めるものを見る。


 危険荷と人を切り離す。


【自己確認行動を検知】


【自己固定率:96%】


【役割固定:運び手】


【補助派生:運行管理・身体負荷管理・流通制御・危険荷判定・拒否後対応】


【新規補助:人員流路設計】


【注意:敵対勢力が明確化しつつあります】


 欠け指。


 鎖のない道。


 危険荷。


 黒鳴石。


 経路情報。


 これから、もっと面倒になる。


 たぶん、軽急便はただの便利な新商売では済まない。


 正規の道を作るということは、裏道を照らすということだ。


 照らされた者は、必ずこちらを睨む。


 怖い。


 だが、もう見えてしまった。


 見えた道を、見なかったことにはできない。


 俺はベッドに横になった。


 今日は、荷を運んでいない。


 けれど、人を少しだけ別の道へ逃がした。


 それも、運び手の仕事なのだろう。


 窓の外では、領都の夜が静かだった。


 その静けさの下で、いくつもの道が動いている。


 正規の道。


 裏の道。


 危ない荷の道。


 それを断って逃げ込む道。


 俺は目を閉じた。


 信じ込めた力だけが、俺の武器になる。


 なら今夜、信じることはこれだ。


 人は、危ない荷ではない。


 運ばされる前に、別の道へ逃がせる。


 そう信じることから、次の仕事は始まる。


第19話─了

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