第11話 急がせるな、軽くしろ
翌朝、俺は商人ギルドの食堂で、固いパンを噛んでいた。
噛むたびに、背中の傷が少しだけ引きつる。
太腿もまだ重い。
だが、杖を使えば歩ける。
昨日までのように、誰かに支えられなければ移動できない状態ではない。
それだけで、ずいぶん世界が広くなった気がした。
「食べる速度が早いです」
向かいに座ったリーナが言った。
「腹が減るんです」
「自然治癒促進の影響でしょう。身体が治る材料を欲しがっています」
「便利やけど、燃費悪いですね」
「便利なものほど、代償があります」
さらっと怖いことを言う。
だが、その通りだった。
自己暗示は万能ではない。
信じ込めば力になる。
けれど、身体も心も、その分だけ何かを使っている。
不屈を使えば痛みが遠のく。
だが、傷は消えない。
自然治癒促進を使えば回復は早まる。
だが、腹が減り、眠くなり、疲れる。
ただの都合のいい力ではない。
それを忘れたら、たぶん俺はすぐ壊れる。
「今日はあまり動かないでください」
リーナが言う。
「商人ギルド長に呼ばれてます」
「歩いて行く必要はありますか」
「たぶん、あります」
「では、歩く距離を最小限にしてください」
「荷扱いみたいですね」
「今のあなたは壊れやすい荷です」
「昨日も似たようなこと言われました」
「何度でも言います」
言い返せない。
俺は大人しくパンをスープに浸して食べた。
食堂の中では、商人や職員たちがちらちらとこちらを見ている。
昨日の薬草急送の件は、もう広まっているらしい。
森裂きを倒した怪しい固有持ち。
その評価に、新しく別の札がついた。
薬草を鉱山町へ届かせた男。
ありがたい。
ありがたいが、目立つのは怖い。
この世界で目立つということは、誰かに値札をつけられるということでもある。
「アスト」
食堂の入口から声がした。
マルセルだった。
今日も帳面を抱えている。
「ギルド長が呼んでいる」
「はい」
「歩けるか」
「短距離なら」
「なら来い。長引くぞ」
「長引くんですか」
「お前が余計なことを言うからな」
「まだ何も言ってません」
「どうせ言う」
ひどい信頼だった。
◆
2階の会議室には、すでに数人の商人が集まっていた。
ギルド長オルディン。
マルセル。
ガルド。
そして、見知らぬ商人が3人。
1人は痩せた老人。
1人は丸顔の中年男。
もう1人は、妙に身なりのいい若い男だった。
机の上には、昨日の木札と報告書が並んでいる。
薬草急送の経路。
人員。
費用。
遅延要因。
渡し場の妨害。
到着後の受け渡し。
患者の初期反応。
俺が作った雑な木札も、リーナが書き直した綺麗な記録も、全部まとめられていた。
自分の頭の中にあったものが、こうして他人の前に並ぶと、少し変な気分だった。
「座りなさい」
オルディンが言った。
「失礼します」
椅子に座る。
背中が少し痛む。
顔に出さないようにしたが、オルディンには見えているのだろう。
細い目が、こちらを一瞬だけ見た。
「まず、結果から言う」
オルディンは机の上の報告書に手を置いた。
「鉱山町から正式に礼状が届いた。薬草を使った患者のうち、重症者数名の熱が下がり始めている。全員が助かるわけではないだろうが、少なくとも命をつないだ」
部屋の空気が少しだけ和らいだ。
俺は胸の奥で静かに息を吐いた。
助かった。
少なくとも、一部は。
まだ喜びきるには早い。
でも、荷は確かに意味を持った。
「この件で、商人ギルドとして新しい急送の形を検討する」
オルディンは続けた。
「荷馬車隊ごと急がせるのではなく、急ぐべき荷だけを切り離し、軽く、速く、必要な者へ直接届ける」
丸顔の商人が身を乗り出した。
「つまり、特別料金を取れる便ですな」
早い。
商人らしい。
若い男も頷く。
「小さく高価な荷には向いているでしょう。宝石、契約書、薬、貴族家への贈答品。通常便の5倍、いや10倍でも払う客はいます」
老人が鼻を鳴らした。
「だが、危険も高い。少人数なら盗賊に狙われやすい」
「だからこそ高く売れるのです」
若い男が言う。
会議室の空気が、商売の匂いに変わっていく。
俺は黙って聞いていた。
高く売る。
それ自体は悪くない。
急ぎの荷には価値がある。
人と馬と情報を余分に使うのだから、料金が上がるのは当然だ。
だが、何かが引っかかった。
オルディンが俺を見る。
「アスト。君はどう思う」
来た。
たぶん、ここで黙っている方が安全なのだろう。
だが、黙ると後で現場が崩れる気がした。
「高く売るのは、間違ってないと思います」
俺はゆっくり言った。
「ただ、何でも急がせる形にすると、たぶん事故ります」
若い商人の眉が動いた。
「事故?」
「はい。急ぎ便という名前だけが先に広がると、客は何でも早く運べと言います。でも、荷によっては急がせるほど壊れる。人も馬も潰れる。道も選べない」
俺は机の上の木札を1枚取った。
薬草箱。
「今回うまくいったのは、急いだからじゃありません。軽くしたからです」
部屋が静かになる。
「荷を分けた。必要なものだけにした。梱包した。人を選んだ。道を変えた。先触れを出した。受け取り先を決めた。だから届いたんです」
俺は若い商人を見る。
「ただ“速く走れ”だけなら、たぶん失敗してました」
若い男の顔に、少し不快そうな色が浮かんだ。
「では、君はこの新しい便に反対だと?」
「反対じゃありません。むしろ必要だと思います」
「なら何が問題だ」
「名前と決まりです」
丸顔の商人が首をかしげた。
「名前?」
「急送便、と呼ぶと、みんな急ぐことだけを考えます」
「急ぐ便なのだから当然では?」
「でも、本当に大事なのは、急がせることじゃなくて、余計なものを削って届く形にすることです」
俺は少し考えてから言った。
「軽急便。軽くして急ぐ便。そういう考え方にした方がいいと思います」
マルセルがぽつりと言った。
「軽急便か」
昨日、彼が口にしていた言葉だ。
俺は頷く。
「はい。大きな荷馬車隊を無理に走らせるんじゃない。急ぐ荷だけ切り離す。軽くする。人も道も受け取りも、その荷に合わせる」
老人が目を細めた。
「なるほど。急ぐために、まず軽くするか」
「はい」
「だが、客は余計な荷も一緒に運べと言うぞ」
「断る基準が必要です」
「基準?」
「軽急便で扱う荷は、小さい、重要、時間制限がある、受け取り先が明確。この4つを満たすものに限る。大きな荷や、受け取り先が曖昧な荷は通常便にする」
言いながら、前の世界の経験が頭をよぎる。
無茶な依頼。
積めるだけ積んでくれ。
ついでにこれも。
急ぎだけど、荷姿は適当。
そういう荷ほど、現場で崩れる。
「それと、依頼を受ける時に確認する項目が必要です」
俺は指を折った。
「何を運ぶか。どれくらい急ぐか。壊れやすいか。濡れていいか。誰が受け取るか。受け取れなかった時はどうするか。途中で金が必要になるか。護衛は必要か」
丸顔の商人が苦笑した。
「そこまで聞けば、客が面倒がる」
「聞かないと、現場がもっと面倒になります」
老人が低く笑った。
「言いおる」
若い商人は納得していない顔だった。
「しかし、それでは手間がかかりすぎる。急ぎの客は早く出せと言うはずだ」
「だから、聞くことを札にしておけばいいです」
「札?」
「依頼札です。項目を決めておいて、受付で埋める。毎回口で聞くより早いです」
オルディンの目が動いた。
「その札、作れるか」
「作れます。ただ……」
「ただ?」
「俺、この世界の文字がまだ弱いです」
正直に言った。
部屋に少し妙な空気が落ちた。
若い商人が眉を上げる。
「ルカ村出身なら、簡単な字くらいは読めるだろう」
「読めます。でも、仕事で使うには足りません」
アストの記憶には、最低限の読み書きはある。
だが、商人ギルドの帳面、荷札、契約文となると怪しい。
俺自身は前の世界で伝票も地図も読んできた。
だが、それは日本語と数字の世界だ。
この世界の文字は、まだ身体の記憶に頼っている。
ここをごまかすと、あとで必ず事故る。
「読めるふりをして間違えるより、今言っておきます」
俺はそう言った。
オルディンはしばらく俺を見ていた。
それから小さく頷いた。
「よろしい。弱点を先に出せる者は、まだ信用できる」
若い商人は少し不満そうだったが、老人は楽しそうに笑っていた。
「では、依頼札の文面は書記に書かせる。アスト、お前は項目を出せ」
「はい」
その瞬間、頭の奥に薄く表示が浮かんだ。
【状況認識:書類作成】
【役割固定:運び手】
【補助候補:荷札整理】
【効果予測:情報項目の分類・抜け漏れ低減】
書類までスキルの範囲に入るのか。
いや、考えてみれば当然かもしれない。
運び手に必要なのは、腕力だけではない。
荷札。
伝票。
納品先。
受け取り印。
注意事項。
それらを見落とせば、荷は迷子になる。
俺は心の中で頷いた。
起動。
【補助:荷札整理】
【低出力で起動】
【注意:文字知識そのものは補完されません】
【効果:必要情報の整理を補助します】
便利だが、甘くない。
文字を読めるようになるわけではないらしい。
そこは学ぶしかない。
俺は机の上の空札を取り、項目を口で並べた。
荷の名前。
量。
大きさ。
重さ。
壊れやすさ。
水濡れ可否。
火気注意。
急ぐ理由。
期限。
出発地。
受取人。
受取場所。
受け取れない場合の指示。
護衛の有無。
途中費用。
先触れの要否。
現地での開封可否。
戻り報告の要否。
商人たちの顔が、だんだん変わっていく。
最初は面倒そうだった。
だが、途中から真剣になった。
なぜなら、それぞれの項目が金と責任につながるからだ。
「受け取れない場合の指示、か」
老人が呟いた。
「これがないと、持ち帰るか、置いてくるかで揉めます」
「確かに」
丸顔の商人も頷いた。
「開封可否もいるな。勝手に開けたと言われれば揉める」
「はい。薬草みたいに、受け取り側以外が触ると危ない荷もあります」
若い商人は黙っていたが、もう否定はしていなかった。
オルディンが書記を呼び、俺の項目を書かせる。
その手は早い。
綺麗な文字が、木札から紙へ移されていく。
俺はそれを見ながら、胸の奥で小さく息を吐いた。
これだ。
こういうものが、道を作る。
剣でも魔法でもない。
紙1枚、札1枚で、荷の迷子は減る。
人の責任も見える。
事故も少しは防げる。
地味だ。
地味すぎる。
でも、俺にはこれが武器だと思えた。
「軽急便」
オルディンが紙の上に書かれた名を見た。
「悪くない。軽くし、急がせ、届かせる。商人にも客にも説明しやすい」
マルセルが腕を組む。
「料金は高めにせねば割に合わん」
「そこは別に決める」
オルディンは俺を見た。
「アスト。君はしばらく、この軽急便の型作りに関わりなさい」
「俺がですか」
「君が言い出した」
「そうですけど」
「それに、君は嫌なところを見る」
褒められているのか微妙だった。
だが、役に立つという意味ならありがたい。
「ただし」
オルディンは続ける。
「身体が治るまでは、現場同行は限定する。無茶は許さん」
リーナが即座に頷いた。
「それがいいです」
「反応早いですね」
「必要なので」
ガルドも言った。
「戦える身体ではない。歩けるからといって勘違いするな」
「はい」
俺は素直に答えた。
ここで反発すると、本気で監視がつきそうだ。
◆
会議が終わった後、俺は書記の部屋に連れて行かれた。
軽急便の依頼札を作るためだ。
書記の名はセリア。
30代くらいの女性で、眼鏡に似た片眼鏡をかけている。
髪をきっちり束ね、机の上には紙と木札が山のように積まれていた。
「あなたが項目を出した人ですね」
「アストです」
「セリアです。先に言っておきます。文字が弱い人が帳面に触ると、私は怒ります」
「触りません」
「よろしい」
怖い。
リーナとは別の方向で怖い。
セリアは俺が口で出した項目を整理し、依頼札の形に整えていく。
荷名。
荷主。
受取人。
期限。
注意。
費用。
確認印。
書き方が整うと、急に仕事の形が見えてきた。
「これ、すごいですね」
俺が言うと、セリアは片眉を上げた。
「自分で項目を出しておいて?」
「項目だけだと散らかってました。でも、こうして並ぶと使えそうです」
「散らかった情報を、使える形にするのが書記の仕事です」
なるほど。
運び手が荷を運ぶなら、書記は情報を運べる形にする人間か。
「文字、覚えたいです」
俺は自然にそう言っていた。
セリアがこちらを見る。
「必要ですか」
「必要です。荷札を読めない運び手は怖いので」
「いい心がけです」
「教えてもらえますか」
「仕事ですか?」
「できれば」
「有料です」
即答だった。
この世界、何でも金がいる。
当たり前だが。
「いくらですか」
「基礎文字なら銅貨3枚。帳面読みなら追加。契約文まで行くなら銀貨」
「高い」
「読めないまま失敗するより安いです」
まったくその通りだった。
「お願いします」
俺は頭を下げた。
セリアは少しだけ目を細める。
「では、毎日短時間。身体が治るまで、午後に来なさい。文字は荷より逃げませんが、覚えなければ一生追いつけません」
「はい」
また1つ、やることが増えた。
だが、嫌ではなかった。
強い剣技を覚えるより先に、文字を覚える。
魔法の詠唱より先に、荷札を読む。
地味だ。
でも、この主人公には合っている気がする。
いや、主人公とか考えるな。
俺は俺だ。
俺は、この世界で仕事をするために文字を覚える。
◆
午後、下宿へ戻る途中。
俺は杖をつきながら、ギルド裏の荷場を少しだけ見た。
リーナが隣にいる。
監視という名の付き添いである。
荷場では、職員たちが新しい木札をいくつも用意していた。
軽急便。
まだ試作の札だ。
小さな札に、その名が刻まれている。
それを見た瞬間、胸の奥が少し熱くなった。
俺が出した考えが、形になっている。
それは嬉しい。
だが同時に怖い。
形になれば、使われる。
使われれば、失敗も起きる。
誰かが無茶をするかもしれない。
金のために基準を曲げるかもしれない。
速さだけを売りにして、人と馬を潰すかもしれない。
俺は立ち止まった。
「どうしました」
リーナが聞く。
「これ、育て方を間違えると危ないなと思って」
「軽急便ですか」
「はい。いい仕組みにできるかもしれない。でも、急がせる口実にもなる」
リーナは少し黙った。
「薬も同じです」
「薬も?」
「正しく使えば人を助けます。間違って使えば毒になります」
その言葉は、胸に刺さった。
自己暗示もそうだ。
軽急便もそうだ。
薬もそうだ。
力は、使い方次第で人を助ける。
そして、簡単に人を壊す。
「なら、使い方を決めないとですね」
「はい」
「守れるかは別として」
「守らせるために、記録と決まりがあるのでは?」
リーナが言った。
俺は少し驚いて彼女を見た。
「リーナさん、商人ギルド向きでは?」
「薬師見習いです」
「薬師も商売の中にあるって言ってましたもんね」
「よく覚えていますね」
「荷札よりは覚えやすいので」
リーナは少しだけ笑った。
その時だった。
ギルドの表側から、騒がしい足音が聞こえた。
職員の声。
馬の嘶き。
誰かが「領主館からだ」と叫んでいる。
マルセルが慌ただしく出てきた。
「アスト、ギルド長の部屋へ戻れ」
「何かあったんですか」
「領主館から使いが来た」
領主館。
俺は杖を握り直した。
「鉱山町の件ですか」
「おそらくな。薬草が届いた話が早くも上に回ったらしい」
早い。
いや、鉱山町は領内の重要な場所だ。
熱病が出て、薬草が急送された。
それが成功したなら、領主館が反応するのは当然かもしれない。
俺は嫌な予感を覚えながら、再び2階へ向かった。
さっきまで商人ギルド内の話だったものが、今度は領主館へ届こうとしている。
値札が、また変わる。
◆
オルディンの部屋には、すでに使者がいた。
濃紺の上着を着た男。
腰には短い剣。
商人ではない。
役人だ。
背筋が伸び、こちらを見る目にも隙がない。
俺が入ると、男はすぐに視線を向けてきた。
「この者がアストか」
「はい」
オルディンが答える。
「固有スキル持ちで、薬草急送の段取りを組んだ者です」
使者は俺を上から下まで見た。
「怪我人に見える」
「実際、怪我人です」
俺は答えた。
隠しても仕方がない。
「だが、歩いている」
「少しだけなら」
「自己暗示か」
「治る力を少し後押ししています。無理はできません」
使者はしばらく俺を見てから、懐から封書を出した。
それをオルディンへ渡す。
「領主館より依頼だ。鉱山町の熱病に対し、追加支援を送る」
追加支援。
薬草か。
そう思ったが、違った。
使者は続けた。
「運ぶのは荷ではない。人だ」
部屋の空気が変わった。
「領都にいる老薬師バルム殿を、鉱山町へ急ぎ送りたい。熱病の経験がある。だが高齢で、通常の馬車では身体が持たん。護衛を増やして揺らせば、途中で倒れる恐れがある」
俺は息を止めた。
人を運ぶ。
しかも高齢の薬師。
荷より難しい。
荷は文句を言わない。
だが、人は疲れる。
吐く。
熱を出す。
怖がる。
急げば壊れる。
それでも、急がなければ鉱山町の患者が危ない。
使者は俺を見た。
「商人ギルドの新しい急送の手腕、領主館でも聞いた。ならば問う。人を、急いで、壊さず運べるか」
重い問いだった。
薬草箱とは違う。
銀貨や契約書とも違う。
今回は、運ぶもの自体が命を持っている。
俺はすぐには答えなかった。
机の上の地図を見る。
道。
橋。
渡し。
宿場。
馬。
人。
疲労。
揺れ。
休憩。
護衛。
そして、老薬師。
頭の奥に、表示が浮かぶ。
【新規依頼候補:人員急送】
【対象:高齢薬師】
【条件:速度・安全・身体負荷管理】
【警告:荷物とは異なります】
わかってる。
人は荷物ではない。
でも、人もまた、目的地へ届けなければならない時がある。
俺はゆっくり息を吸った。
「できます、と簡単には言えません」
使者の眉がわずかに動く。
俺は続けた。
「でも、できる形を探します。急がせるんじゃなく、負担を減らして運ぶ。まず、その薬師さんの年齢、体力、持病、揺れに弱いか、馬に乗れるか、休憩の条件を教えてください」
使者の目が少し変わった。
オルディンが薄く笑う。
マルセルが小さく息を吐く。
リーナは真剣な顔で俺を見ていた。
「また、面倒なことを聞くのだな」
使者が言った。
「聞かないと、途中で倒れます」
「なるほど」
使者は初めて、わずかに口元を緩めた。
「よろしい。領主館で話を聞け。バルム殿本人にも会ってもらう」
「俺がですか」
「そうだ。急げる形を探すのだろう?」
逃げられない。
だが、不思議と嫌ではなかった。
人を運ぶ。
次の仕事は、さらに難しい。
でも、それが必要ならやるしかない。
信じ込めた力だけが、俺の武器になる。
なら今度は、こう信じる。
俺は荷だけではなく、人も壊さず届ける方法を考えられる。
ただし、無茶はしない。
壊してまで急がせるのは、運び手の仕事ではない。
俺は杖を握り直し、使者に頭を下げた。
「わかりました。話を聞きます」
領主館からの依頼。
老薬師の急送。
軽急便は、始まったばかりで、もう次の重い荷を抱えようとしていた。
いや。
これは荷ではない。
人だ。
そして、人を運ぶということは、たぶん荷を運ぶよりずっと難しい。
第11話─了




