39. ザフィーラ「ホント馬鹿なの?」
「ガドウィンのアズムンドがベルディアを攻めました。これでワシリウスとの戦は避けられないでしょう」
帝国軍の総指揮官は第一皇子のアミル・サマーンだが、実際に作戦を立案し、指揮を執るのはアリファハッドだ。彼はガドウィンを背後から操り、ワシリウス攻略の糸口を探っている。
一年前のキルモンディアの戦いでワシリウス軍に苦汁を飲まされたヤフディンが目をギラつかせる。
「また聖堂騎士団の連中を引っ張り出せるか?面白いことになってきた……今度こそあの雌獅子めを仕留めてくれよう」
血気にはやる猛将に軍師が釘を刺す。
「私怨で戦線を乱すなよ?ヤフディン。いい子にしていれば功を挙げさせてやる。アラハッディン、クルンバト、お前たちもな」
「ふん……戦で点数を稼ごうなどと、いじましい連中だ。精々我が帝国のために忠誠を示すことだ」
揺るぎない権力を握る第一皇子が余裕たっぷりに全員を見回し、悠然と部屋を去って行く。最後に未練がましく粘りつくような視線をこちらに向けて。
「異教徒どもに神の裁きを下す聖戦だ。功を挙げた者が神の栄光に浴するのは当然のこと。教皇の首でも挙げればこの俺にだってチャンスはある」
ぶつぶつ言いながら元婚約者のアラハッディンが出て行く。最後に未練がましく粘りつくような視線をこちらに向けて。
「戦の手柄などでザフィーラの愛が得られるものか!この僕が必ず君をここから救い出す!この真実の愛に賭けて!」
芝居がかったセリフと共にこちらを情熱的に見つめ、クルンバトが去って行った。
「アリファハッド、貴様の思い通りになどなるものか。俺は俺のやり方で全てを手に入れる。戦の勝利も、皇帝の座も、女もだ」
ヤフディンはこちらを見ずに傲然と胸を反らして立ち去った。
残ったアリファハッドはまた意味ありげな笑みを口元に浮かべ、探るようにこちらを見た。
「実際のところ、私は君の美貌よりもその呪いとやらに興味がある。これはただの勘だが……おそらく君はこの帝国に何か恐ろしい災厄をもたらす、そんな気がする。それは誰にとっての災厄か?兄か?それともこの私か?」
答えを求めない問いかけの後、彼もこちらに背を向けて去ってゆく。
「君の呪い……君のもたらす災厄が、いずれこの帝国と世界の命運を左右する。私だけがそれを見極め、最後に全てを手に入れる。そんな気がするよ」
*
そして「私」はこの部屋に一人残された。
はぁぁぁぁぁぁぁ……と深いため息が出る。
「なんでよりによってザフィーラなのよ……」
ベッドの上に身を投げ出し、素の口調に戻ってぼやく。
最悪だ。気が付いた時にはもう最悪のルートに突入した後だった。
最高難度のザフィーラシナリオの中でも、この時点でアリファハッドとヤフディン、アミル・サマーンまで勢揃いしたこの全方位攻略ルートは生存率1%未満のデスソース仕立て。攻略といってもこの場合、目的は皇子と結ばれることじゃない。その逆で、絶対に誰とも結ばれてはいけない。何故なら、誰かと結ばれた時点で別の皇子に抹殺される運命が確定するからだ。
浮上する全てのフラグをへし折り、隠された伏線のフラグを見破って回避し、とにかく誰のものにもならないように立ち回り続ける。それが絶望的に難しい。
何しろこのザフィーラは絶世の美女。男という男が蜜にたかる蟻の如く寄ってくる。どんな手を使ってでも自分のものにしようとなりふり構わず寄ってくる。折っても折ってもキリがないほど次から次へとフラグが立ちまくる。そのどれか一つでも引っかかったらゲームオーバー。このシナリオ考えた奴、ホント馬鹿なの?
いきなりメタなぼやき全開の「私」は何者かというと、吉田さなえ、三十五歳。現代日本の片隅にひっそりと生息するフリーのゲームライター。とあるゲーム攻略サイトの運営に携わっている。なんて言うとそれなりに立派な仕事みたいに聞こえなくもないけど、要は毎日寝ないでゲーム攻略に明け暮れている廃ゲーマーだ。
「毎日寝ないで」というのは比喩じゃない。このところ本当に一週間以上布団に入って寝ていなかった。時々、自動的に意識がシャットダウンする以外は、ほぼゲーム画面だけに集中する。それが私の平常運転。ついさっきまで、発売されたばかりの女性向けシミュレーションゲームをプレイ中だった。
何度か意識が途切れて、さすがにそろそろ限界かと床に倒れ込んだところまでは覚えている。そして目が覚めたら、いきなり目の前でこの修羅場が始まったというわけだ。




