32. イライサ「私のせいで!」
王子の周りに護衛の騎士たちが集まり、残った敵兵とまた斬り合いが始まる。すでに味方の一人は倒されてしまったようだ。敵の方が人数が多かったようだが、精鋭の騎士たちは手傷を負いながらもなんとか全ての敵を退けた。
しかしこれで一安心という状況ではないことを隊長格の騎士が説明する。
「一人取り逃しました。すぐに増援を連れてここに戻って来ます。馬車を降りてここから山を下りましょう。デレクがお供いたします」
若い騎士の一人が私たちの先導に立った。
「沢伝いに下れば足跡を追われることもなく、いずれ国境を抜けます。我々はここに残って馬車で追手を引きつけます」
王子は残る二人の騎士と短く抱擁し、「武運を。王宮でまた会おう」と誓いを交わすと、ルシエットと私を促して道の無い急な斜面を下り始めた。
一人だけになった護衛の騎士がか細いランタンの灯りで足下を照らし、私たちは王子に掴まるようにして草木の生い茂る斜面を慎重に下ってゆく。田舎育ちのルシエットは慣れた様子でついて行くが、山歩きなど初めての私はすぐに足を滑らせて斜面を転げ落ちてしまった。
「イライサ様!」
ルシエットの悲鳴があっという間に遠ざかり、私は声を上げることもできずに暗闇の中をどこまでも落ちていく。
「イライサ!」
恐怖ですくみ、なすすべも無く転がり続ける私の体を王子の力強い腕が掴まえた。斜面を一気に滑り降りて私に追い付いた王子は、そのまま私を庇うように抱きしめ、背中から大きな岩に激突した。
「ぐぅっ!!」
苦痛の呻きを上げながらも、王子は私の体を離さなかった。おかげで私はどこにも怪我をせず、なんとか立ち上がることができた。
「お、王子っ!?」
「無事か?イライサ………くっ!」
岩の上に横たわったままの王子が顔をゆがめる。岩の間から突き出た木の枝が脇腹に突き刺さり、そこから血が溢れ出していた。
「王子!?あぁっ!私のせいで!あぁぁぁっ!どうしたら……」
「僕は大丈夫だ。イライサ、落ち着いて。デレクとルシエットを呼んでくれ」
「ル……ルシエット!デレク!お願い早く来て!王子が……王子が怪我を!あぁ……どうしよう、私……どうしたら……」
二人はすぐに私たちを見つけて駆け下りてきた。
「王子様!!」
ルシエットは王子の隣に膝をついて傷を確認し、言葉を失う。
「大丈夫だ……イライサのおかげでずいぶん早く沢まで降りられた」
王子は冗談めかして強がると、刺さった枝を引き抜きながら体を起こした。
「ぐっ……うぅぅっ!!」
開いた傷口からどんどん血が溢れてくる。ルシエットは傷口にハンカチを押し当て、自分が羽織っていたケープを王子の体に巻き付けて手際よく縛った。私はこんな時、ただ狼狽えるだけで何の役にも立たない。地位や立場に守られていない自分がどれほど無力か思い知って、消えてしまいたいほど惨めな気持ちだった。
「痛むと思いますけど、傷口をしっかり押さえててくださいね」
「ありがとうルシエット……いつ追手が来るか分からない。浅瀬を見つけて向こう岸に渡ってしまおう」
「でもその傷じゃ……」
「大丈夫。デレク、肩を貸してくれ」
「はっ!」
騎士に支えられて立ち上がった王子は私を振り返り、無理に笑顔を作ってみせた。
「こんなザマじゃエスコートはしてあげられないな。ルシエット、灯りを持って。イライサを頼む」
「はい!イライサ様、行きましょう」
「あ……あの、王子、私……」
まだ気が動転したまま、償う言葉が見つけられない私に王子はまた苦しげな笑顔を向け、足を引きずるように歩き始めた。
「そんな顔をするな、君らしくもない。必ず君をワシリウスに連れて行く」
私もルシエットに促されて歩き出す。
起きてしまったことに取り返しはつかない。これ以上足手まといになるわけにはいかない。早く国境を越えてワシリウス領で王子が休める場所までたどり着かないと。そのために今できることをするしかない。




