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七人の令嬢  作者: 夕景孤影
31/44

31. イライサ「ただその恐ろしい光景を」


まさか嫁ごうと思っていた相手に追われることになるとは。もちろん狙いは私ではなく王子の命だろうけれど。私たち三人は身支度も早々に馬車に乗せられ、慌ただしくツェスタナ離宮を後にすることになった。


武装した騎士が四騎、馬車を囲むように並走して街道を南に下る。ツェスタナはベルディア王国の南端。ワシリウス国境まではわずか一日の距離だ。ベルディア国王はワシリウス教皇の聖託を授かり、その庇護を受けている。ガドウィンがどれほど強引でも、国境を越えてワシリウス領まで追いかけてくることはないだろう。しかし国境の関門にもすでに敵の手が回っていて、国を出るには山越えの道に迂回する必要があった。


馬車は夜を徹して真っ暗な山道を走り続けた。私は激しい揺れで気分が悪くなりながら、ずっとルシエットの手を握っていた。彼女を落ち着かせるためか、自分の不安を紛らわすためか分からない。おそらく両方だっただろう。王子も落ち着かない様子で、手元に置いた剣の握りをしきりに確かめていた。


「国境を越えたらすぐ聖都アントニアに向かう。僕一人なら馬を飛ばして二日ほどだ。マルシアル二世陛下にお目通りして助力を願わなければ………友邦ワシリウスがガドウィンの非道を黙って見過ごすはずがない!必ず大きな代償を払わせてやる……」


「大きな戦になるんですか?」


恐る恐る尋ねたルシエットに王子は頷く。


「ガドウィンの連中が大人しく城を明け渡すとは思えない………それに、反乱がどこまで広がっているのか………場合によっては王都だけじゃなく、国中が戦場になりかねない」


「そんな……」


「お祖父様はガドウィンとの戦を避けるために、ガドウィンと関係が深い家臣を外交の要職に取り立てていました。もし反乱を主導したのが彼らだとしたら……彼らの領地であるストルーヴェンとソフォルーヴェン、王国のほぼ東半分がガドウィンの支配を受け入れるかもしれません」


王子は私に責めるような目を向けた。


「宰相の失策だ。彼らを信用しすぎるのは危険だと何度も警告したのに……」


「ひょっとするとお祖父様はもうこの事態が避けられないことを予期して私と王子をツェスタナに送ったのかも……最悪の場合に私たちだけでもワシリウスに逃れられるように」


「自ら破滅を招いておいて勝手なことを!」


私に向かって怒声を上げた王子にルシエットがすがりつく。


「王子様!イライサ様のせいじゃありません!今は無事に国境を越えることだけを考えましょう?」


「分かっている……」


王子は私から視線を逸らして車室の小窓の外を睨み、そのまましばらく黙り込んだ。ルシエットも私も、気まずい沈黙に耐える時間が続いた。


その時、甲高い嘶きとともに馬が歩みを止め、馬車が大きく揺れた。小さく悲鳴を上げてよろめいたルシエットを王子が抱き止める。外で護衛の騎士たちが何か叫び、激しい剣戟の音が響き出した。


「追手か!」


王子が剣を鞘から抜き放ち、小窓から外の様子を窺った。また馬車が大きく揺れて、車室の扉が乱暴にガタガタと鳴らされる。王子は私とルシエットを下がらせると扉の前で身を屈め、扉が開け放たれると同時に一気に外に飛び出した。

馬車に取り付いた敵兵は勢いよく飛び出した王子に跳ね飛ばされて地面に転がる。そこにすかさず王子が剣を突き立てた。絶叫を上げてのたうち回る敵兵にとどめを刺し、王子は大声で名乗りを上げた。


「僕がディミトリ・ボルジアフだ!この首に用がある者は相手になるぞ!」


敵の狙いは王子一人。馬車の中の私たちに危険が及ばないようにあえて姿を晒し、注意を引いたのだろう。王子は剣術の修練では優秀と言われていたが、戦に出た経験は無い。私の知る限り、真剣で人の命を奪ったことなど無かったはずだ。優しく穏やかな気性はこんな血なまぐさい命のやり取りには向かない。でも少なくとも今、敵に囲まれて周囲を睨みつける姿に恐れや躊躇いは全く見られなかった。


私は目の前で人が斬り合い、命を落とす姿を初めて目の当たりにして、震えが止まらなかった。ただその恐ろしい光景をルシエットに見せないように、彼女の頭を強く抱き寄せて、その温もりに必死ですがりついていた。


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