26. イライサ「二人の色恋など関係の無い話」
ルシエットは元々身分のある家の子ではなく、早くに親を亡くし、縁あってポローズ子爵の養子になった。彼女なりに頑張ってはいるのだろうけれど、礼儀作法がきちんと身に付いているとは言い難い。ただそれがかえって珍しがられるのか、あの物怖じしない性格のおかげか、見かける度いつも彼女が人の輪の中心にいた。パーティーやサロンで誰かの品の無い大笑いが聞こえてきたら、大抵はそこに彼女の姿があった。私はそんな人たちにわざわざ近付いたりしないから、直接ルシエットと言葉を交わすような機会はそれ以降無かった。
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ある園遊会でディミトリ王子が詩を朗読している最中、場をわきまえない幼稚な令嬢たちがヒソヒソ、クスクス小声で囁き合っていて、案の定お咎めを受けた。
「だってこの子ったら、さっきから変なことばっかり聞くんですもの。どうして船に乗るのにおイモを頬張るの?ですって!もう私おっかしくって!」
他の子たちに笑われて真っ赤になっていたのはやっぱりルシエットだった。
「ごめんなさいあたし、ホントに難しい言葉が分からなくって……王子様の邪魔をしちゃうなんてどうしよう……ホントにごめんなさい!」
その様子を見たディミトリ王子は思わず吹き出して、途切れた朗読の一節をもう一度諳んじた。
「おお、今帆を張りて、銀鱗さざめく海原を征かん、ベルドルートの子らよ……冒険家ラシュゴーの偉業を讃える歌だよ。詩の勉強は苦手かい?」
王子に声をかけられて、小さくなっていたルシエットが弾かれたように顔を上げた。
「あの……カンテレット歌謡集とか、子供向けの易しいのは大好きです!」
周囲からまたクスクス笑いが起きる。子供の遊びの歌と王子の言う教養の話は全く別物だ。でも優しい王子はルシエットを笑わなかった。
「カンテレットは僕も好きだよ。今度の朗読はそれにしようかな」
会場の雰囲気を和ませつつ、ルシエットの席まで歩み寄って読んでいた詩集を差し出す。
「よかったらこれも読んでみるといい。僕はもう覚えてしまったから君にあげよう。今度是非、感想を聞かせてくれ」
「あっ、ありがとうございます!」
会場中からルシエットに向けられていた令嬢たちの冷やかすような視線が、途端に羨望の眼差しに変わった。
それからというもの、王子は大きな舞踏会や晩餐会が開かれる度、会場にルシエットの姿を探すようになった。最初は身分をわきまえて遠慮していたルシエットも、気さくに話す王子にすぐ心を開き、楽しげに語らう二人の姿を頻繁に目にするようになった。
当然、宮中ですぐに噂が広まる。王子は平民出の下級貴族の養女に夢中だと。
お祖父様は私をディミトリ王子に嫁がせるか、隣国ガドウィンのアズムンド王子に嫁がせるか決めかねていたけれど、宮中では私がいずれ王妃になるものと当然のように受け止められていた。それだけに、まるで私がルシエットに王子を奪われ、嫉妬に身を焦しているかのように面白おかしく吹聴する者もいた。馬鹿馬鹿しい。
私は同い年のディミトリ王子を昔からよく知っている。
私が偉大なお祖父様の期待に応えるため、ミロスラフ家の令嬢に相応しい品格を示そうと懸命なように、王子もまた将来国を背負って立つ者として、相応しい資質を身につけようといつも努力していた。その姿に親近感を抱き、同年代で唯一心を許せる相手として良好な関係を築いてきたつもりだ。
王子がルシエットを気に入り、妾妃としたいなら別に構わない。二人の色恋など私には関係の無い話だ。
ただし、正妃があれでは困る。王と共に国を代表して諸外国の要人に相対する王妃には、それに相応しい品格と教養が求められる。彼女自身が無知を晒して笑い者になるのは自由だが、王妃の恥は国の恥となる。そんな責任を背負う覚悟が彼女にあるとは思えない。
私はそう言ったのだが、王子の考えはどうやら私とは違うようだった。




