25. イライサ「なんて騒々しい子なんだろう」
私とお祖父様を交互に見た彼女は、見てはいけないものを見てしまったかのように慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさいあたし、リッテちゃんの……あの、メザニア夫人のお嬢さんのネコちゃんを探してて、やっと見つけたと思ったらどんどん行っちゃいけない方に逃げて行っちゃって……」
思いがけない邪魔が入り、また大きな雷が落ちるかと思ったら、お祖父様は毒気を抜かれたように穏やかな笑顔で足元の子猫を抱き上げ、彼女に手渡した。
「やれやれ。人助けは感心だが、そんな格好ではパーティーに戻れないだろう。イライサ、着付けのメイドの部屋に案内してあげなさい」
「は、はいお祖父様」
こんなに優しいお祖父様の笑顔を見たのはずっと幼い頃以来だった。ルシエットにはそういう不思議な力があった。彼女の前では誰もが明るく、優しくなる。私は叱責から解放されたことにホッとしつつも、そのきっかけを作ってくれた彼女に対して複雑な感情を抱いた。
「あ、あの、イライサ様ですよね!あの、お誕生日おめでとうございます!あたし、ルシエット……ルシエット・ポローズっていいます!イライサ様の晴れのパーティーにこんな格好であたしったらホント、なんでいつもこうなんだろ………あ、でもよかった!こんな風に直接おめでとうございますってお伝えできるなんて思わなかったから、やっぱりよかったです!」
なんて騒々しい子なんだろうと、出会ってすぐにうんざりした。さっさとメイドに任せて私はパーティーに戻らなくちゃいけないのに。近くの給仕を呼んで、案内を押し付けた。
別れ際、私はふと気付いてルシエットの頬に手を伸ばした。
「ここ、枝に引っ掛けて切れてしまったのね。まったく、お転婆も程々になさい」
薄く滲んだ血を拭いて、そのハンカチを手渡し、背を向けた。
「あ、ありがとうございます!あの、イライサ様……またお会いできますか?」
別に会いたくなどない。私はチラリと振り返ってつまらなそうに答えた。
「さあ……どうかしら?」
それがルシエットとの出会いだった。
それから二ヵ月後、再会は意外にすぐ訪れた。メザニア夫人のお茶会に呼ばれた時のことだ。
ラリッサ・メザニア夫人は私の母方の叔母に当たる。お祖父様の意に沿わない相手と結婚し、六年前の戦役で夫を失くして未亡人となった。ひどく気難しい人で、私はこの人が笑った顔を見たことが無かった。
それが、ルシエットと談笑する夫人はまるで、私と同年代の軽薄な令嬢たちみたいに大きな声と大げさな身ぶりで笑い転げている。一体どんな話をしているんだろう。いや、ただ不思議というだけで、彼女たちに興味は無いけれど。
私が近寄って形ばかりの挨拶をすると、夫人はいつもの無愛想に戻ってつまらなそうに答えた。
「ますますお父様に似てきたわね。どんなに楽しいお茶会も、あの方が来ると途端に白けて、会話が続かなくなるのよね」
夫人とお祖父様の不仲は有名だ。これほど歯に衣着せずお祖父様をこき下ろせるのは、ベルディア王国広しといえどもこの人ぐらいのものだろう。
「お邪魔をしたなら申し訳ありません。お招きいただいて、挨拶もせずに帰っては失礼かと」
「この子がどうしてもって言うから招待したのよ。迷惑だったようだけど」
私と夫人の視線を受け、ルシエットが待ってましたとばかりに話しかけてきた。
「イライサ様も一緒に召し上がりませんか?ラリッサ様の焼いてくださったラズベリーのパイがホントに美味しくて!あたしちょっと食べすぎちゃったみたいなんです」
何度もご馳走になったことがあって、私はそのパイがあまり好きではなかった。それに、あんな騒々しいおしゃべりに付き合うのも遠慮したかった。夫人の言う通り、私がいては話が盛り上がらないだろう。
「誘ってくれてありがとう。でも私に気を遣うことはないわ。あなたはゆっくり楽しんで」
もう誘わなくていいと意味を含めたつもりだったが、伝わっただろうか。ルシエットはまだ何か話したそうだったが、夫人が早々に話題を変え、私は一礼してその場を立ち去った。




