24. イライサ「ルシエット・ポローズは死んだのです」
「イライサ……やはり僕は君とは結婚できない。彼女との未来以外、考えられないんだ」
ディミトリ王子は私の顔を見るなり、穏やかな笑みを浮かべてそう言った。ずっと意識が戻らなかった王子がようやく目を覚ましたと聞いて、急いで寝室に駆けつけた私に対する第一声がそれだった。
いろいろな感情が私の中で渦巻き、涙となって頬を伝う。王子の頭の中でいま何が起きているのかは分からない。でも、気持ちは私も同じだ。できれば彼をそっとしておいてあげたい。優しい幻の中でもう少しだけ眠らせてあげたい。
「まだお休みになっていてください。無理をされては傷に障ります」
体を起こそうとする王子をなだめて寝かしつける。
「すっかり元気になってから、これからのことをお話ししましょう?」
毛布をかける手に一雫、涙が零れ落ちた。
「どうして泣いているんだ?」
王子は不思議そうに私の顔を見つめた後、急に落ち着かない様子で周囲を見回し始めた。
「ここは一体…………彼女はどこにいる?」
私は堪えきれず顔を覆って涙を隠す。感情を殺して涙を堪えるのは得意なはずなのに。
「イライサ、彼女はどこだ?どうして彼女じゃなくて君がいる?」
王子の声が震え出した。次第に頭がはっきりしてきて、私たちが今置かれている状況を思い出したのだろうか。私の様子を見て、何が起きたか察してしまったのかもしれない。どこまで覚えているのだろう?彼女のあの最後の口づけは、無意識の中で記憶に刻まれているだろうか?
「泣いていないで答えてくれイライサ!彼女は……ルシエットはどこだ!」
王子は私にすがるようにして起き上がり、嗚咽を漏らす私を問い詰めた。言えない。お願いだからもう思い出さないで。
とうとう彼はベッドを這い出し、立ち上がろうとして脚に力が入らず、ガックリと床に崩れ落ちた。
「王子!いけません、ベッドに戻って」
「ルシエット…………ルシエット…………どこだ…………ルシエット!」
立ち上がれず、床を這って出て行こうとする王子を必死で止めながら、私はとうとう残酷な現実を告げざるを得なかった。
「ルシエットはここにはいません!」
「じゃあどこにいるんだ!」
振り返って怒鳴った王子が、泣き腫らした私の顔を見て目を見開く。少しの沈黙の後、私は絞り出すような微かな声で答えた。
「あの子は…………ルシエット・ポローズは死んだのです」
*
ルシエット・ポローズは良くも悪くも人目を引く存在だった。私が初めて彼女に会ったのは、二年前の私の誕生日のこと。
その日、十八歳となった私を祝うために、お祖父様は盛大なパーティーを催してくれた。国王さえ霞むほどの権勢を誇る宰相セルゲイ・ミロスラフの孫娘、イライサ・ミロスラフの成人を祝う席には、国中から錚々たる顔ぶれが集まった。
でも私はその大事な晴れの席で失態を犯し、お祖父様から厳しい叱責を受ける羽目になった。お礼の挨拶の時、来賓の名前を読み上げる順番を間違えてしまったのだ。
パーティー会場から少し離れた庭園で、お祖父様の叱責の声は果てしなく続くかのように思われた。
「儂の長年の友人であるマフディ公に恥をかかせるとは、それでもミロスラフ家の娘か!顔から火が出るかと思ったわ!」
「も、申し訳ありませんお祖父様!すぐにお詫びを……」
「ならぬ!お前は何故そう考え無しなのだ!公の場で客人への粗相を知らせれば、相手の恥を上塗りすることになると何故分からぬ!」
「も、申し訳ありません……」
「もうよい!公には儂から丁重にお詫びしておく。ああそれからお前の今日のそのドレスは何だ?流行か何か知らんがこれ見よがしな襟飾りなどみっともない。品格ある貴婦人の装いは伝統と格式こそが何より肝要といつも……」
涙を見せれば余計に叱責される。目をそらすことも許されない。必死で泣かないように耐えていた私の目の前に突然、子猫が飛び出してきた。横の生け垣を突き破って。
ガサガサガサッ!
「あっ、コラ待って!勝手にそっちに行っちゃダメだってば!」
続いて生け垣から顔を出した少女、それがルシエットだった。髪もドレスもグシャグシャに乱れ、頭には生け垣の小枝と葉っぱが絡まっていた。




