23. フリーダ「聖女?私が?」
「そういえば……司教様はリベルタのご出身と聞きました。ロサ教区のディステファノ枢機卿に師事されたのですね」
「はい。自分が何者か分からなかった私に、師は生き方を教えてくれました。大切なのは自分が何者かではなく、誰のために何ができるかだと。そしてその道を示すために、神様はいつでも私の心の中にいてくださるのだと」
ディステファノ枢機卿は二十年前の教皇選で最有力候補と目されていた方だ。予想を覆して現教皇が選出された後は教会の中枢を離れ、後進の育成に力を注いでいる。その教えを受けた若い司祭たちは皆、今の教会が寄付集めや世俗の権力への関与に熱心すぎると批判的な声を上げている。でもヒュリック様……フランシス司教様に改革派の印象は無かった。おそらく、表立って批判的な態度を取らない上層部の中にも現教皇の体制を良く思わない方は少なくないのだろう。
「リベルタに限らず、この国でも教会改革の動きはどんどん広がってきて、なんというかその……少々過激な声も耳にするようになりました。私も今の教会に思うところはありますが、改革運動はあまりにも急ぎすぎているように感じて……」
「急がなければならない理由があります。おそらくあと一、二年のうちに次の教皇選が行われるでしょう。現教皇はすでに後継者としてカリウス枢機卿の名前を挙げていますが、退位する教皇が次の教皇を公然と指名すること自体が極めて異例です。それほど現教皇の権力は絶大で、退位した後も影響力を持ち続けるでしょう」
現教皇のユースティヌス様は八十歳に近いご高齢で、側近であるカリウス枢機卿に法座を譲ることは既定路線と言われている。そのこともまた、改革派の反発を招いている大きな一因だ。
「私たちはディステファノ師が最も信頼する改革派のマルティンス枢機卿を次の教皇とし、現教皇の勢力を一掃したいと考えています。今のところ勝算は五分といったところですが、局面を大きく動かす手はいくつかあります。例えば……」
そこでヒュリック様の目が私に注がれる。
「多くの人々の心を動かす新たな聖女の出現。そう、東方戦役の英雄であるフリーダさん、貴女です」
「…………え?」
どこか遠い世界のように聞こえていた話に突然自分の名前が出てきて、一瞬、何を言われているか分からなかった。
聖女?私が?獅子や死神や鬼ではなく?
「あ、あの……申し訳ありません、どうして今のお話に私の名前が出てくるのか、拝察しかねるのですが……」
慌てて真意を尋ねた私を見てヒュリック様は口元を押さえて笑い、「すみません、唐突すぎましたね」と頭を下げた。私も慌てて頭を低くする。
こうして近くでお話ししてはいても、本来は住む世界が違う御方だ。一介の騎士にすぎない私が国の未来を左右するような政治の話に関わっていいはずがない。
かしこまる私にもう一度頭を下げた後、ヒュリック様は見たことのない悪戯な表情になった。天使と言うには蠱惑的すぎる別の顔。私の中の司教様のイメージがまた遠ざかる。私はまだこの方のことを知らなすぎる。
「貴女にはそれほど人を惹き付ける輝きがあるということです。どうか私と共に歩んでいただけませんか?今は司教と教区の騎士隊長ですが……いずれ本当の名で貴女と結ばれることができる日まで」
なんというプロポーズだろう。気の進まない見合い話が一転、憧れの人からの愛の告白になり、どういうわけか込み入った権力と謀略と政治の話に着地した。もう頭がグチャグチャで何も考えられない。
「少し…………考える時間を頂けないでしょうか」
なんとか一言だけ絞り出した私に、司教様ともヒュリック様ともつかない笑顔を向けて、不思議な私の想い人は頷いた。
「もちろんです」




