21. フリーダ「嬉しいような畏れ多いような」
運ばれてきたお茶を優雅に一口。そして殿下は少し照れくさそうに笑う。教会では見たことがない人間臭い表情が新鮮だ。いつもは完璧すぎて本当に天使のようにしか見えないから。少し距離が近付いたような気がして嬉しいような畏れ多いような。
「ようやく少し落ち着いてきました。司教としてではなく、こうして個人的に貴方とお話しできると思うと緊張してしまって」
「まさかそんな………殿下のような方が緊張なんて、とてもそんな風には見えません」
「いや本当です。身分や立場とは関係なく、憧れの人の前では誰でも普段通りではいられないものでしょう?」
気恥ずかしそうに告白する殿下の言葉は、まさしく今の私の状態を言い表していた。気持ちがフワフワと落ち着かず、何を話しているのか、何を話したらいいのか分からない。
「あの、恐れながら殿下………私こそ今そのような気持ちです。何か失礼なことを口にしてはいないかと気が気ではなくて……」
「フリーダさん……もしよかったら、今は私のことを殿下ではなく、名前で呼んでいただけませんか?」
「えぇっ!?そ、そんな……殿下を名前でお呼びするなんて、そんな不敬なことは……」
「ダメですか?」
ぐっと顔が近付く。眩しすぎてまともに見られず、つい俯いてしまう。
「ダルウィット公という公人ではなく、私という個人を知ってほしいのです。貴方に肩書でしか呼んでいただけないのは寂しい」
「そ、そんな!ただ畏れ多くてどうしたらいいか……その、殿下がお許しくださるならそのっ………ひゅ、ヒュリック……様」
雲間から光が差して地上を照らすように、殿下の……ヒュリック様の表情が輝いた。私の心まで洗われるような清々しく晴れやかなお顔だった。やっぱりこの方は天使に違いない。
「ありがとう、フリーダさん。まだ慣れなくて少し気恥ずかしいてすが、とても嬉しいです」
「わ、私も殿下に……あ、その、ひゅ、ヒュリック様に名前を呼んでいただいて、う、嬉しいです、すごく……」
ダメだ、恥ずかしすぎてどんどん声が小さくなる。耳まで真っ赤になっているような気がして顔を上げていられない。
「では……お互いの距離が縮まったところで、私の個人的な話を聞いていただけますか?」
「は、はい!」
私が背筋を伸ばして身構えるのを見て、またヒュリック様は何とも言えず優しい顔をした。
「フリーダさんは私の母をご存知てすか?」
「も、もちろんです!」
ダルウィット公の母君は先王の第一王妃であるテレーズ妃。その美しさだけでなく、聖都に救貧院を創ったり、戦地で傷病兵を助ける看護団を創ったり、慈悲深い行いの数々で知られる。自ら看護団を率いて戦地を見舞ったこともあり、その街の名前を取って「サントレビアの聖女」とも呼ばれている。
ダルウィット公がお生まれになってから表舞台に姿を見せなくなったのは、おそらく御子に王位継承権が与えられなかったことと無関係ではないのだろう。しかし今も変わらず多くの国民に愛されている御方だ。
「戦場に立つ私たちにとって聖女テレーズ様のお名前は伝説です。心から尊敬申し上げています」
ヒュリック様は少し口元を綻ばせて頷いたが、すぐにその笑みを翳らせ、驚くべき秘密を打ち明けた。
「実は……公になっていないことですが、母は教会から破門されているのです」
静かに、淡々と告げられたその事実は、明るみに出れば国中がひっくり返るような大スキャンダルだった。




