19. フリーダ「生まれて初めての恋をした」
「お……恐れながら殿下、それは私が耳に入れてもよいお話なのでしょうか?王室にとっても教会にとっても、大変に重大な秘密なのでは?」
恐る恐る尋ねる。司教様……ではなくヒュリック殿下は穏やかな笑みを浮かべたままあっさりと頷いた。
「そうですね。でもそれを知ってもらわなければ貴方に求婚できませんから」
求婚!!!
そういう話だと聞いてはいたものの、憧れの人の口からそんな言葉を聞かされると心臓が止まりそうになる。胸が苦しい。息ができない。口を開いても声が出なくて頭の中がパニックになる。
これは夢だ。ひどく罰当たりな夢を見ている。こんなことあり得ない。申し訳ありません司教様、こんな不埒な願望を夢に見てしまって。
……でも夢ならもう少しだけ続きを見てもいいですか?
「あの……フリーダさん?」
「………へ?あ、はい!!」
司教様……ではなくヒュリック殿下が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。夢じゃない、現実だ。近付いた顔の美しさに息を飲む。ますます胸が苦しい。なのに目が離せない。
「確かに今、教会に私の素性を知られると少々困ったことになります。まだ誰にも秘密を打ち明けるべきではないのかもしれません」
「きょ、教会に素性を偽っているのですか!?」
驚いて声が大きくなった。身分を偽って聖職に就くのは重罪だ。まして司教様ほどの高位に就いているとなると、場合によっては死罪もあり得る。
「聖堂騎士である私がそれを知って、教会に黙っているわけにはいきません!どうしてそんなお話を私に……」
「貴方に想いを伝えるためです」
揺るぎない決意を湛えた目でまっすぐに見つめられ、私はまた息が詰まって何も言えなくなった。
「自分の宿命よりも使命よりも、私にとっては貴方への想いが勝る。だから貴方が婚約を解消されたと聞いて、今伝えなければ後悔すると思ったのです」
教会で見る司教様の顔とは違う、一人の男性としての顔。たくさんの人を大きく包み込む慈愛ではなく、私だけに向けられた真剣な感情が伝わってくる。
「貴方の立場は承知しています。私は教会から罰を受けることになるかもしれない。それでも構わない。ですから今はどうか私の話を聞いていただけませんか?」
自分の立場も身の安全も顧みず、ただ一途に私に向き合おうとするその言葉に、私はどう向き合ったらいいだろう?聖堂騎士としての責務は重い。でもその前に、私も立場を超えた一人の人間として本心で答えなければならない。そう思った。
「正直に申し上げて私には分かりません。何故そこまで言っていただけるのか。自分にそんな価値があるのか。これは何かの間違いなのではないかと……」
私は自分の心に問いかけながら、偽りのない思いを口にした。ヒュリック殿下は少し驚いた顔をして、それからまた目を細めた。
「貴方の価値をご存知ないのは貴方だけですよ。初めてお会いした時のことを覚えていますか?」
「は、はい。あの時は未熟な姿をお見せしてしまって……思い出すと顔から火が出そうです」
初めて司教様にお会いしたのは一年前。東方戦役の戦地でのことだ。私たちの軍は一つ目の都市をなんとか異教徒から奪還したが、激戦で多くの兵を失い、戦力の補充を待たなければならなかった。その時、慰問に来てくださったのが司教様だった。
高位の司教様が危険な前線までお見えになるなど普通はあり得ないことだが、命を落とした者のために祈り、大きな怪我を負った者を労り励まし、たくさんの血に手を染めた私たちの懺悔を聞いてくださった。
すがるように神の名を唱えながら死んでいった兵たちの不安そうな顔を思い出し、「彼らは無事に天国に迎えられたでしょうか?」と尋ねた私に、司教様は深く頷いてこう答えた。
「天国の門は常に開かれているのです。私たちが罪を恐れる時、神様はそれをお許しになります。貴方がたが最も不安な時、神様は最も近くにいるのです。だから彼らが恐れていたのなら、全ては許され、安らぎの中に迎えられたでしょう」
一言一句忘れない、あの暖かな言葉。それを聞いた時、私は不覚にも涙をこぼしてしまった。
ただでさえ「お飾り」と侮られていた女の指揮官が戦地で涙を見せるなんて部隊の士気に関わる。そう思って慌てて拭おうとした手が、優しく包まれるように握られた。
「大丈夫ですよ。死者のために涙を流せる貴方だからこそ、神様はこの厳しい戦いの地に貴方を遣わされたのでしょう。貴方はとても……とても神様に愛されています」
そう言って司教様が浮かべた透き通るような微笑みに、私は生まれて初めての恋をしたのだった。




