18. フリーダ「私にはドレスは似合わない」
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それからさらに数日後、私はまた父の屋敷を訪れた。相手はお忍びで、私と会うことを誰にも知られたくないらしい。確実に秘密を守るにはこれ以上の場所は無い。
私は約束の時間よりかなり早めに着いて身支度をする。いつも父が連れて来る相手と会う時、一番嫌なのがこの時間だった。
私にはドレスは似合わない。肩幅は広く、首周りもガッチリしている。露出する部分が全て筋肉質で、まるで女装した男のようだ。髪が短いからますます男に見える。
ところが今回用意されたドレスは違った。
首と肩は刺繍入りの白いレースのショールで覆われ、ラインがうまく隠されている。短い髪の襟足の方も同じ素材のヴェールを垂らし、婚礼のドレスのようだ。
鏡の前に立ち、本当にこれが自分かと呆気にとられる私を、着付けのメイドたちが口々に褒め称える。
「とてもよくお似合いです、お嬢様!」
「お相手の方が是非お嬢様にと用意してくださったドレスなんですよ。なんてお美しい……」
これから会う相手に私のコンプレックスを全て見透かされているようで気恥ずかしさを感じる。でも同時に、この姿だったら見せてもいいとも思える。期待に沿えるかは分からないけど。
自分の生涯の伴侶になるかもしれない相手と初めて会う時はいつも不安で緊張する。もしかしたら戦場に立つ時以上に。
武人としての自分には自信を持っている。それを裏付けるだけの努力をしてきた。でも淑女の振る舞いは苦手だ。将軍家の令嬢として教育を受けてきたとはいえ、剣の稽古ほど真剣に向き合ってはこなかった。はっきり言って嫌だったし、手を抜いてきた。だから自信の無さが表に出てしまう。
普通の見合いではない。なんだか裏がありそうだし、相手の目的もよく分からない。どんな人なのかも。それでも王家の類縁とあれば相応の態度が求められる。父上に恥をかかせるわけにはいかない。あれこれ考えるほど柄にもなく弱気になってくる。
こういう時はもう、戦場の心構えで臨もう。なるようになれ。何があろうと絶対に退くものか。覚悟を決めろ。
「お嬢様、お相手の方がお見えになりました」
メイドに呼ばれ、私は父が待つ来賓室に向かった。
戦場の心構えと自分に言い聞かせたせいで、自然と歩き方が勇ましくなる。顔にも気迫が出すぎてしまう。さすがにこれはダメだ。相手の首を取りに行くわけではない。また逃げられてしまう。それならそれで構わないが。
「失礼します」
ガチャリと来賓室のドアを開けると、こちらに背を向けて窓の外を見ていた相手が振り返った。その顔を見て、私が感じた衝撃を何と表現したらいいだろう?
とりあえずさっきまでの覚悟や決意みたいなモノは根こそぎ頭から吹き飛んだ。頭の中は完全に真っ白。何も考えられず、声も出せない。ただ目を見開いて呆然と立ち尽くす。
「こんにちは、隊長さん。……いや、ここではフリーダさんと呼ばせてもらってもいいですか?」
暖かな微笑みとともに口を開いたのは、私が心から憧れてやまないあの御方だった。
「し………し、司教様!!!??」
「ダルウィット公、ヒュリック様だ」
父はその名を紹介した後、深々と最敬礼した。私も慌ててそれにならう。
ダルウィット公といえばつまり、国王陛下の兄君様を表す通称だ。存在自体は知られているのに、誰もそのお姿を知らないという謎に包まれた人物。なぜ長子でありながら王位を継がないのか、王家の中で一体どういう立場にあるのか、そしてなぜ公の場に一切姿を見せないのか、何一つ分からない。実在さえ疑われる幽霊のような人物、それがダルウィット公だ。
しかしこれは………この方は間違えようもなく、私が知る司教様その人だ。
「驚かせてすみません。貴方には今夜、お伝えしたいことがたくさんあります。ですが、まずこれだけは言わせてください。いつもの凛々しい隊服姿も素敵ですが……その姿も本当にお綺麗です」
「あっ、えっ!?いいいいいえそんな!!そんな滅相もありません!!あのっ、あの、ど、どうして司教様がここに??そのお姿は……」
司教様はいつもの法衣ではなく、ゆったりとした平服を身に着けている。余計な飾りのない簡素な装いだけれど、どの姿も素敵でお綺麗なのは司教様の方だ。
「フランシス司教というのは表向きの姿でして……お父上にご紹介いただいた通り、私の本当の名前はヒュリック・マルシアル。現国王マルシアル2世陛下の兄です」




