デート・パニック 8
「『弐紋字・水玉』!」
下から聞こえたその声。彼女が目を開けて下を向くと、刃達の真下に水でできた直径2mくらいの玉が現れていた。
「だ、ダメだよ!? あんな小さいやつじゃ私達の衝撃を抑えきれない──」
「確かに……あのままじゃな!」
「『弐紋字・強化』!」
水の周りにピンク色の膜が張られ、一気に球体は2倍近く膨らんだ。その即席のプールに、
──ザブーン!!!
そのまま3人はダイブ。水の玉に落ちて衝撃が和らぎ、ほとんど問題が無くなったところで、
「解除!」
声と共に水玉は消え、刃は地面に軽く尻を打つ。
「ってぇ……もうちょい解除のタイミング考えろよ流斗!」
「助けて貰って文句を言うとは、偉くなったもんだな」
「全くね」
すぐそばに居た流斗と光は少し呆れ気味だ。
「まったく……もう少し遅かったら2人してもう一回ビルに突撃するところだったぞ」
「ホントよ、この大馬鹿が!」
「イデデデデデッ!!! 耳引っ張るなって! 痛てぇ!?」
堂々とした救出劇に辺りは拍手喝采。歓喜の声が上がっていた。
「それよりこの場から離れよう。ここじゃ目立ち過ぎてる」
「……そうね。色々聞きたいこともあるし」
そう言って光は女の方を向く。
「一緒に来てくれるわよね?」
断ることは許さないと言った威圧を感じさせる光。対する彼女は首肯して同意した。
「「『激』!」」
そうして刃達はざわめく民衆を置き去りに、その場を後にしたのだった。
✩
「さて……この辺でいいか」
大通り街から少し離れた公園の端で5人はやっと落ち着くことが出来た。ここまで来れば大丈夫だろう。
「じゃ……そろそろ聞いていいかしら?」
そう言って光はキャスケットを被り直した女に向かい直った。
「ねぇ……貴女は一体、誰なの?」
「……誰、か」
彼女は刃を見て軽く笑い、光に真っ直ぐ向き直った。
「私は、私だよ。他の誰でもない。誰の代わりでもない」
「え?」
光は困惑しているが、刃は思わず笑ってしまう。さっきの件での皮肉がこれくらい言えるなら彼女はもう大丈夫だろう。
「……なら別の質問だ。何故、刃に近づいた?」
「それ自体が目的。刃君と仲良くなることが目的だよ」
「なら何故、亮の格好をしていた? それじゃ刃と仲良くなるのは亮という記憶になってしまうぞ」
「それは企業秘密ってことで」
「……なら、せめて名前だけでも教えてもらいましょうか? そのくらいしても良いでしょ?」
「うん。でも、その前に……」
彼女はニッと笑い、寝ている藍を抱えた刃の前へ出た。
「刃君」
「おう」
2人はしっかり見つめあう。さっきまでのことをお互いに噛み締めるように。
「ありがとう。なんか……今まで滞ってたのが一気に消えた感じ。刃君のおかげだよ」
「……もう人を騙したりするなよ?」
その刃の言葉に彼女は驚いたといった表情で固まる。そんな変なことを言っただろうか。
「刃君は……聞かないの?」
「何をだ?」
「私が何者か……とか、何のために……とか。刃君はもうちょっと聞くと思ってた」
「あぁ。俺は別にいいよ。あんたが反省してるならさ。言ったろ? あんたはあんただって。なら、それをする理由だってあんたのもんだ。聞き出そうとは思わない」
「……ふふっ!」
思わず吹き出してしまった。お人好しにも程がある。
「あんたが話したくなきゃ話さなくていいよ」
「お、おい刃。ほんとにいいのか? また何か仕掛けてくるかも──」
「他の人に迷惑かけないなら、俺は大丈夫だ」
「……そっか。また、来てもいいんだ」
少し顔を紅潮させて小さくそう呟く彼女に流斗は肩を落とす。腑に落ちないが、刃がいいならいい事としよう。
「じゃ帰ろうぜ。光、荷物貸せよ。持つぞ」
「……あんたは藍を落とさないのが先決でしょ? それで荷物落とされても嫌だし」
「信用ねぇなぁ。あっそうだ!」
刃はひとつ思い出すと、彼女に向き直る。
「わりぃ、1個だけ聞いてもいいか?」
「何?」
「なんで俺ん家の電話番号知ってたんだ? 誰かから教えてもらったんだろ?」
「あぁ、あれは妹から教えてもらったの」
「へぇ、妹から……って……」
刃は首を傾げる。妹が自分たちに近い位置にいるなら、彼女はそれより年齢が上ということになる。
「ってことは……あんた年上か」
年上の美人のお姉さん、中々いいかもしれない。そんなことを思った矢先。
「ううん、私は刃君達と同い年」
「……え?」
聞けば聞くだけ、わけがわからなくなってくる。ということは、妹は年下? 自分たちは高一だから、中学の後輩か?
でも、後輩に仲良くしていた奴などいなかったはず。
「……一体、どういう」
「あれ、刃君?」
その時、刃達の後ろからそんな聞いたことのある可愛らしい鈴の声。
「「亮!」」
振り向くと今度こそ本物の亮。左耳の上についているマーガレットの髪飾りがそれを確信させる。
それに、先日あったばかりの犬のパトちゃんもいる。間違いない。
「亮……今度は本物ね。散歩?」
「うん……それよりみんな、お姉ちゃんと何してるの?」
「「お姉ちゃん?」」
すると流斗は肩を落し、「そういうことか」と呟く。
「あのさ……亮。お姉ちゃんって、この人のことか?」
「うん。でもお姉ちゃん、どうしてここにいるの? 今日は撮影だって言ってたのに」
「「撮影?」」
「ごめん亮、あれ嘘だったの。ほんとはちょっとプライベートで買い物にね」
「もう、そんなんじゃまたマネージャーさんに何か言われちゃうよ?」
「……?」
刃と光は頭の上いっぱいに「?」マークを浮かべている。一体、彼女は何者なのだろうか。
「ちょっと待て」
真っ先に動いたのは、やはり流斗だ。
「整理しよう。亮……その人はお前の『双子の姉』ってことだな?」
「「ふ……双子!?」」
「え……うん。お姉ちゃん、話してないの?」
「うん、まだ話してなかった。ていうか、……色々あってね」
そう言ってテヘッと亮に笑って見せる。なるほど、双子ならばさっきの違和感に説明が着く。
でも、刃にはそれだけじゃない違和感があった。まるで彼女のことをもっと前から知っていたような……。
「そっか。じゃ紹介しなきゃね。ほら、帽子取って」
「はいはい」
そう言われて、彼女は頑なに取ろうとしなかった帽子を取った。
その下から艶やかな長髪が地面に向けて垂れる。そのシルエットに、刃は見覚えがあった。
「……あれ?」
いや、そんなわけない。そんなわけが……。
「どうしたの、刃」
「この人を知ってるのか、刃」
「い、いや、あの」
「ふふっ、君は律子から聞いてた通りの人だったね」
その一言で、刃は確信する。俺は、彼女をよく知っていると。
「あ、あんた……まさか!?」
「やっと気づいた? こうしたほうが……わかりやすいかな」
そう言って彼女はポケットからマーガレットのついたヘアピンを取り出し、亮とは逆側の右耳の上につける。
それが彼女のトレンドマーク。そこまで来れば、光と流斗にもわかる。彼女が何者かということが。
「あっ……あなた」
「……そんなことが、あるのか」
「びっ……びっ……!」
刃が滞らせる言葉を、全員が同時に叫ぶ。
「「「美瑛ちゃん!!!?」」」
「うん。私の姉、三条美瑛です」
「プッ……アハハハハ! 刃君、驚き過ぎだよぉっ! アハハハハ!」
✩
その日の帰り道、全員はほぼ放心状態だった。世間はなんと狭いのだろうか。今をときめく読者モデルが、まさか亮の姉とは。
「……まったく知らなかったわ。まぁ、知れたら問題でもあったんでしょうけど」
「亮に似てると思ってはいたが、まさか双子の姉とは思わなかったな」
「…………」
中でも刃は致命的。瞳は真っ白、上の空。
「……刃、気持ちはわかるが、少し戻ってこい」
「…………」
戻って来れるはずがない。刃は美瑛ちゃんと過ごした時間、そしてプリクラの件を思い返していた。あんな幸せな時間を過ごしていた嬉しさ、もっといいエスコートがあったんじゃないかという後悔。
そして極めつけは……。
「抓っちゃった……美瑛ちゃんを……」
いくら知らなかったとはいえ、美瑛の頬を抓ったことへの自己嫌悪。
刃は藍を抱えてるせいで自らの頭を殴れないので、近くの壁に自らぶつけるのだった。
「お姉ちゃん、刃君の家の電話番号聞いてきたのはこういうことだったんだね」
パトに引かれながらの姉妹2人きりの帰り道、ジトッと亮は美瑛を睨む。
「ご、ごめんって! 勘弁して。ね?」
「……ほんとに刃君達に変なことしてないよね?」
美瑛の脳裏に浮かぶのは、刃と撮ったプリクラの件。あれが亮にバレたら、お説教じゃ済まないかも知れない。
「ないないない! なぁーんにもないってば!」
「……ならいいんだけどね。あっ!? パトちゃん! そんなに急がないでぇ!」
『ウォン!』
少し野太い鳴き声を上げて先に行くパトに亮は引っ張られていく。
良かった、あれ以上ツッコまれなくて。美瑛は刃と撮ったプリクラをポケットから取り出す。
「火野……刃君、か」
初めてだった。あんな風に叱ってくれた人も、私は私でいいと言ってくれた人も。
亮が初めて恋をした人。どんなカッコイイ人かと思ったら、お世辞にも普通の顔としか言えない顔。
でも、あの亮が惚れたのだから、特別な何かがあるのではとは思っていた。思ってはいたのだが。
「……まさか、私までやられるとは」
思わず赤くなる顔をプリクラで隠す。どうするか、これでは私と亮はライバルになってしまうかもしれない。
今考えても、どうしようもないのだが。美瑛はバックにプリクラを仕舞うと、大きく空に腕を伸ばした。
「……さぁーって! 明日からも仕事、がんばろー!」
辺りは綺麗な緋色に染まる。明るく照らすこの夕日は、これから暗くなる予兆。
まるでこれから先の彼女達、そして刃達の未来を表すように……。
その陽は空に、今はただ……燦燦と。




