デート・パニック 1
この日の朝の外気温は10度、9月にしてはかなり冷えた朝だ。普通の状態ならば布団から出られないことだろう、その寒さ故に。
「ふんふんふーん♪」
しかし、刃は起きていた。
ばっちり服装と髪もきめて(結局あまりいつもと変わらない髪形なのだが)鼻歌交じりに鏡の前で今日、自身の隣を歩くであろう人に思いを寄せる。
「……美瑛ちゃん」
モデルの美瑛ちゃん。刃の憧れの女性。刃は鏡の前でにやけては顔をパンッと叩いてキッとキメ顔、そして笑顔の練習を繰り返す。
「嘘じゃないよな……これから……美瑛ちゃんと……」
『明日、大丈夫だってさ! 美瑛ちゃん』
昨日の夜9時頃に届いた律子のそのメールに、刃は食事中だったにも関わらず飛び跳ねた。
そんな刃を藍がキョトンと見ているのも気にせずに。
「よぉーーっし! 今日はダイビングアイも食らってないし、なんかいける気がするゾォ! 今ならマ○オの全ステージを15分でクリアできる気がする!」
あくまで、気がするだけである。
気合い十分に刃はガッツポーズをして鏡が付いたクローゼットの扉を締める。
「待ち合わせは10時だったなぁ。3時間前に行くもんか、こういうの? 美瑛ちゃんも来てんのかなぁ」
こんな冬の祝日に5時起床はお前だけだとツッコんでくれるやつはいない。
──ピリリリリリ……。
と、メールの着信音。
「ん? 誰からだろ? なんだ、律子か」
相手の名前は『橘律子』と出ている。こんな時間にメールとは何の用だろうか。
「待ち合わせの時間変更とかか? どれどれ…………!?」
そのメールを開いて、刃は愕然とする。
「なっ……なっ……!?」
『ほんとごめーん! なんか美瑛ちゃんが別の用事入っちゃったみたいで急に無理になっちゃったんだって(^^;)
ごめんね~・゜・(>_<)・゜・
この埋め合わせは必ずするから~(。-人-。)
そうだ! よかったら埋め合わせとして今日私と──』
そこまで読んで刃はパタンと携帯を二つに折ると、刃はまた布団を敷き始める。
「……グレてやる」
わかっている。律子は悪くない。美瑛ももちろん悪くない。悪いのは、過剰に期待した自分自身。そんなことはわかっている。
でも、気持ちの整理ができるかは別問題なのだ。
「……寝よう」
起きたら全て夢だった、ということにしたかった。もはやそんな会う約束すらないということにしたかった。元から存在しないなら、余計にダメージを受けることは無い。
どうせ起きて携帯のメールを見たら思い出すというのに。
「……さみぃなぁ」
体も、心も。
「アーーイアイ、アーーイアイ!」
「…………」
上機嫌で茶碗の隅を箸で叩く藍を叱る気にもなりはしない。
それはそうだろう。本当なら今頃、この着飾った格好で憧れの美瑛ちゃんを待ってる予定だったというのに……今や藍のお守り役だ。
「アイ?」
藍には珍しかったのだろう。しかしそんな不思議そうに着飾った俺を見ないでほしい。泣けるから。
「あぁ~っ……まっ、いいか。今日は光も出掛けるって言ってたから来ないことだし、藍を軽く変装させて外に出るか。目も冴えちまったし」
──プルルルル……。
とその時、家の電話のコール音。
「ん? 電話? 誰だろ」
朝7時に電話なんて珍しいな、と思いながら受話器を取る。
「はい、火野ですが」
『あっ、か、火野さんのお宅ですか? 刃君でいいですか?』
「はい、私が刃です(キリッ)」
可愛らしい女の子の声に刃は背筋を正す。それにしても誰だろうか、この優しい声色は。
『よ、よかった……わ、私、三条ですけど』
そこまで聞いて刃は電話の相手に思い至った。
「おお、亮か。こんな朝早くにどうしたんだ?」
『……え?』
確認しただけのつもりだったのに、何故か電話の相手は言葉を失っていた。
「……亮? 亮じゃないのか?」
『……あ、う、うん! 亮だよ、三条亮!』
なんだろう、何か違和感がある。
「……亮、何かあったのか?」
『な、なんでもないよ!』
まぁ本人がそう言ってるのなら、これ以上こっちが気にすることじゃないだろう。
「で、なんか用があったのか?」
『う、うん。じ、刃君は今日、予定とかあったりしたかな?』
「いや、いまさっき暇になったとこだ」
こんなことなら光の買い物に付き合った方がいいかもしれない、そう思った時だった。
『じゃ、じゃあ、今日私に付き合ってくれないかな?』
「……へ?」
『……で、デート、しない? 私達』




