第三話 大津事件 再改訂版
【武士から警察官へ】
明治二十四年に起きた大津事件。
ロシア皇太子ニコライを襲った犯人、津田三蔵は、元士族の巡査でした。
明治維新によって武士の時代は終わり、近代国家を支える新しい制度が次々と整えられていきました。警察もその一つです。そこでは、旧武士階級の人々が新しい職務に就くこともありました。
しかし、制度が変わることと、人々の意識が変わることは、同じではありません。
武士の時代を知る人々が、近代国家の警察官となった時代。その社会の変化を、大津事件は考えるきっかけにもなります。
もちろん、津田三蔵が元士族だったという事実だけで、犯行の動機を説明することはできません。
それでも、この事件を理解するには、犯人個人の行動だけでなく、彼が生きた明治という時代にも目を向ける必要があるのではないでしょうか。
渡瀬護が事件を取材するなら、何が起きたのかを確かめるだけでは足りない。
その事件が、なぜその時代に起きたのか。
記者の仕事は、そこにまで問いを向けることなのかもしれません。
第三話 大津事件
護は、新聞記者になった。
父親としては、もう少し楽な仕事もあっただろうと思わなくもない。
だが、あの子が自分で選んだ道だ。いまさら、ああしろこうしろと言うつもりはない。
もっとも、生きていた頃なら、言いたいことは山ほどあった。
仕事に夢中になるのはいい。だが、食事はちゃんと取れ。無理をするな。分からないことを、分かったように書くな。
……こうして並べてみると、やっぱり小言ばかりだ。
まったく、困った父親である。
*
明治二十四年五月十一日。
その日、東京の新聞社に、一つの知らせが届いた。
大津で、ロシア皇太子ニコライが襲撃されたという。
護の勤める帝都新聞でも、編集局はたちまち慌ただしくなった。
私は、その場にいなかった。
もちろん、亡くなってから、あの日の編集局をこの目で見たわけでもない。
だが、護という人間を知っている。あの子が何を考え、何をしようとしたか。家族として見てきた年月がある。
だから、少しばかり想像できるのだ。
大津で起きた事件は、ただの傷害事件ではない。
日本を訪問していたロシア皇太子が、警備に当たる巡査に斬りつけられた。相手は外国の皇族である。日本とロシアの関係に影響することは、誰の目にも明らかだった。
新聞社が急ぐのも無理はない。
読者は、何が起きたのかを知りたい。政府も、警察も、外交に携わる人々も、事態を収めようと動くことになる。
だが、急ぐことと、確かめることは別だ。
そこを取り違えてはいけない。
*
編集局では、号外の準備が始まった。
誰が襲ったのか。皇太子の容体はどうなのか。事件はなぜ起きたのか。
知りたいことは、いくらでもある。
しかし、知らせが届いたばかりでは、分からないことも多い。
護は、届いた電報を確認し、続報を待つことにした。
私は、あの子のそういうところが気に入っていた。
いや、父親だからといって、何でも褒めるわけではない。融通の利かないところもあるし、必要以上に背負い込むところもある。
それでも、分からないことを分からないままにしておくのは、悪いことではない。
人は、空白があると、つい何かで埋めたくなる。
推測で埋める。噂で埋める。自分に都合のいい話で埋める。
だが、新聞に載った言葉は、読んだ人間のところへ届く。書いた本人が忘れてしまっても、読者は覚えているかもしれない。
だからこそ、書く前に確かめなければならない。
父親として言えば、そんなことを毎日続けていたら、気疲れもするだろう。
それでも、護には、その仕事を選んだ責任がある。
*
大津事件を起こした巡査の名は、津田三蔵という。
なぜ、皇太子を襲ったのか。
何を考えていたのか。
どうして、その場で刀を抜くという選択をしたのか。
事件の知らせを聞いた人々は、さまざまなことを考えただろう。
私も、考える。
人を斬れば、命を奪うかもしれない。相手が死ねば、取り返しはつかない。まして、警護を任された人間が、その相手に刃を向けるとは、どういうことなのか。
だが、私には津田三蔵の心の中は分からない。
分からないことを、分かったふうに語るつもりもない。
人間は、ときに自分でも取り返しのつかないことをする。
それを、時代のせいだ、身分のせいだ、怒りのせいだと言えば、説明した気にはなるかもしれない。
だが、それで命が戻るわけではない。
なぜ、ほかの方法を考えなかったのか。
なぜ、刀を抜く前に立ち止まれなかったのか。
私は、その問いを簡単に片づけたくない。
*
護は、その日、何を記事にしたのだろう。
どんな言葉を選び、どんな事実を紙面に載せたのだろう。
私は、その原稿を読んだわけではない。
だから、息子が書いた文章を、ここで勝手に作るわけにはいかない。
ただ、一つだけ願うことがある。
事件を大きく見せるために、事実を曲げないこと。
犯人を怪物に仕立てて、分かった気にならないこと。
そして、被害を受けた人間の命を、遠い国の出来事として扱わないこと。
護は、私が教えたことを、どこまで覚えているだろう。
人を大事にしなさい。
ウソをつくのは、ダメです。
お母さんと、弟を、大事にしなさい。
最後の一つは、家族のことだ。
だが、最初の二つは、家の外でも変わらない。
新聞記者なら、なおさらだろう。
*
私はもう、護に小言を言うことはできない。
記事を読み、間違いを指摘することもできない。帰宅した息子に、仕事はどうだったと尋ねることもできない。
セツなら、きっと聞くだろう。
「今日は、ちゃんと食べたの?」
あの人は、事件の大きさより、息子の腹具合を心配するかもしれない。
それでいいのだ。
世の中を揺るがす事件が起きても、家族は家族の暮らしを続ける。大きな歴史の動きも、誰かにとっては、夕飯の支度をしながら聞く知らせの一つかもしれない。
けれど、護にとっては違う。
事件を知り、確かめ、書く。
その仕事を通じて、あの子は何を知るのだろう。
何を伝え、何を伝えないと決めるのだろう。
私は、父親として、息子のことが心配だ。
いつまでたっても、心配は尽きない。
……まったく、死んでまで小言を言うとは。
だが、これだけは言っておきたい。
護。
人を斬れば、死ぬかもしれない。
記事を書くときも、同じように考えなさい。
その言葉が、誰かを傷つけることもあるのだから。
私は、空の上から、息子の仕事を見守っている。




