第四十三話
ReCASE36/新人類の変化/新人類 102346年10月16日
静かだった地球に、騒がしさが戻ってきた。
どうやら、私の推測は当たってしまったようだ。
いまや、新人類は生まれたばかりのころの人類のような生活に戻りかけている。壁画や石器など、我々が通った太い轍を踏んで、日々を過ごしているのだ。
寄生脳が気づいたのだろう。寄生脳にとって最も有利に働く生物は人間だと。
新人類の表情はかつての鉄仮面のようなものとは大きく異なっていた。感情を手にし、娯楽を謳歌する新人類は、それが退化のなかにあると知っていたとしても
こうして、人間の美しさを見せられてしまうと、私がかつて過ごしていた地球への思いがあふれそうになる。あの、無駄に満ちた世界に、もしこのまま進んでいけば帰れるのだろうか。
……能力を得た人間が均一化を免れた事例は、私以外存在していない。
私がどうなることを願っているのか、もはや私にすら分からなかった。
ReCASE36/新人類の変化/新人類 終
ReCASE1056/種の最後/新人類 102349年12月27日
また、静かだった。
あれから3年もしないうちに、新人類はすべて死滅した。あの少年を皮切りに。まあ私にとっては全員が少年みたいなものだったけど。
またもや地球には死体が転がっていた。無計画に種を増やした人間よりも圧倒的に数は少なかったが、そもそも人間が多すぎるのかもしれないとも思う。
新人類が作った世界は、人類よりもはるかに効率的だった。娯楽は少なく、退屈な時間は長かったが、また違う良さがある文明だった。
しかし、それも、もうない。
どう書こうとしても
「……」
どう書こうとしても
「……」
どう書こうとしても
どう書こうとしても感傷的な言葉しか出てこない。
言葉遣いも正せない。まるで、話しかけるように文字を記している。
こんなようでは駄目だ。
もし、寄生脳に進化を上回られるとしたらいまだと思う。しかし、いつまで待っても私に均一化は起きない。
私はこうして生きていたいんだろうか。はじめに望んだときのように、死にたくないと思っているんだろうか。
それでも思い続けてなければ、私の頭もスパンと弾けてしまいそうだ。
結局、我々は寄生脳を入れるための容器でしかなかった。ということだ。
その容器が無くなった寄生脳はどこへ行くのかもはや分からない。また、地球によく似た惑星で、人間を育てていくのかもしれない。そこでまた共に進化を繰り返し、最後はこうやって……。
私が寄生脳に抱く感情は怒りではない、ただ感謝ではない、後悔でもない。
いや、正確に言えばそのすべてがドロドロに混ざり合った新しい感情という言い方になるだろう。
だって、自分がこうして生きているのもあいつらのおかげなんだから。
ReCASE1/感情機能の変化について/少年
※新人類の言語を私が読めるよう翻訳してある
管理個体 102340年
あの幼個体は見込みがある。
人類と、我々の違いについて、あそこまで詳細に記した資料はかつてなかった。今後の生産活動においても優秀な成果を残すことを期待している。
しかし、一つ懸念点もあった。
博士、と呼ぶ人間のことをやけに慕っていたことだ。
これも彼の資料からの受け売りなのだが、感情機能は滅んだ人間が持っていた不要な機能だ。
しかし、最近の彼は、まるでその感情を抱えているかのような振る舞いを見せていた。
意見の交換においても、自分がどうしたい、相手がこれをしたくない、というような我々には思い付かない考え方が出てくることがあった。
優秀な個体だからこそ、下手なことをしなければよいのだが。
博士 102346年6月6日
彼は、もう最後の方は、よく笑い、よく怒り、知的欲求に溢れた生物だったよ。
感情機能は限りなく人間に近づいて、彼の感情が思うように行動できるよう私はよくサポートしていた。
だから、それが均一化の予兆だったとしても、子供ができたみたいで楽しかったんだ。
結局、救うことはできなかったけどね。
ReCASE1/感情機能の変化について/少年 終
私はこれからも地球に残る。今度はReCASEに新人類の追加資料を記していかなければならないからだ。
私自身がまだやることがあると思っている限り、私の生命は途切れることはないだろう。これは推測だが、確信していると言ってもいい。
現在、寄生脳はどこにいるのか分からない。そもそも、人類を滅ぼした後、どこに隠れていたのかすらも把握できていない。
だからこそ、次に寄生脳と遭遇する生物に向けて、届くか分からないメッセージを書き続ける。
かつて人間がそうしたように。
ReCASE1056/種の最後/新人類 終
「はあ」
沈んでいく太陽を眺める。太陽が滅亡するときには私も死んでいるのだろうか。
この地球の上で起きた惨事を、地球は知らない。知ったとしても、何も思わないのかもしれない。我々を支えてきた、それほど大きな大地だ。
「また一人ぼっちか」
「『二人称』はそう考えるの?」
いつしか1万年前のあの空間に戻ってきていた。
「あら、久しぶりだね」
「『一人称』がいるのに、一人ぼっちと考えるの?」
その姿はいまだ不安定だった。
「君には分からないよ」
「ならまた進化するだけ」
「それは困るな」
私にとっては楽しい会話だった。
「君たちはどうするつもりなの、この先」
「『一人称』はただ進化を求め続けてきた。今更その考えを変えるつもりもない。しばらく地球にいて、適した生命が来なければ他の星を探す」
もう地球にいてほしくはないものだが、それは寄生脳の自由だ。
「じゃあ、なるべく迷惑かけないようにね」
「一度も迷惑をかけたことはない」
きっぱりと言い切る姿勢に生物としての強さを感じた。
「まあ」
頭に浮かんでいるのは人類の、新人類の死に際だった。
「それもそうか」




