第四十二話
ReCASE2/絶滅の予兆/新人類 102346年6月5日
なぜ新人類(人類とは身体の構造がまるで違うが、便宜上そう呼ばせてもらう)は臨界点を無視しながら生活を続けていたのか。原因は、寄生脳との接続の仕方にある。
人類は長い時間の中で寄生脳と本来の姿との境目を失い、人間側の視点からは完全に同化していた。実際には人間の脳の信号を寄生脳が都合よく信号を解釈し、信号を送り返していただけなのだが。
だからこそ、臨界点に達してから早かった。
人間にとって脳の崩壊は、それまでの人類の歴史、自らの優越である知能、感情に支配される豊かな心、それらすべてを失うものだった。もちろん、肉体の優先権を失う物でもある。
そうして、皮肉にも自らも絶滅した人類に対して、新人類はその寄生脳を身体機能の拡張として迎え入れた。
具体的には、それまで身体反射での思考、運動を行っていた新人類は、その司令塔に脳を使うのではなく身体の全体に寄生脳を配分し、より身体反射機能を高める方向に進化していった。寄生脳は非常に柔軟な生物であり、新人類のそういった意向を汲み取ると、自身を可能な限りに分解し、新人類の身体中に散らばった。もともと小さな分体の集まった生物である寄生脳にとって、長い間親しんだ薄ピンク色でしわのある形状から脱し、およそ2~3㎛ほどの大きさとなることは生物的に何ら問題のないことだった。
新人類は人類と違い、ぎらぎらとした成長欲求が薄かった。
生物として誕生したのがまだ最近であることや、競争が無い惑星に出自を持つことが理由だと考えられるが、実際にどういった心の動きが発生しているかは、新人類に生まれてみない限り分からない。
とにかく、他の生物を出し抜かんとする人類に対して、無常観に満ちた生命であることは間違いない。また、寄生脳によってさらにその傾向は強まった。
そういった違いが、寄生脳に対するアプローチにも現れているのかもしれない。
人間は自分よりも優れた知能を持つ生物を自分のものとし、たとえ身体の構造が大きく変化したとしても脳という優れた司令塔を手にしたかった。
一方新人類は、寄生脳の要求も満たしながら、身体の構造を大きく変化させずにあくまで身体拡張に留めておいた。自分たちの生態を大きく変えないために。
寄生脳は、寄生先の要望に応える。どんな形であっても。
これによって意図しないところで臨界点のリスクを回避した新人類は、人間とはまた違った形で寄生脳と共存していった。
して、いった。
ReCASE1にある通り幼個体の身体は、弾け飛んだ。
それはつまり、新人類にも臨界点が訪れだしたということだ。
なぜ、赤血球(人類の身体に存在した細胞)ほどの大きさになった脳が、人類と同じように弾け飛び、一人の新人類の命を奪ったのか。
やはり原因は寄生脳の進化である。人間と同様に、身体に追いつかないほどに進化した脳によって、新人類は今絶滅の憂き目にある。
その進化の余波を受けた新人類は、ではその進化によってどんな能力を得たのか。
彼に変化が訪れたのは、脳の感情機能。
そう、すでに新人類には感情機能を変化させる能力があるのにだ。しかし、彼が得た能力というのは感情をなくすものではない、むしろその逆。
失った感情を取り戻すものだった。
つまり彼は、寄生脳によって失った感情を、また寄生脳によって取り戻したのだった。
この事実の判明には、採取した微量の寄生脳よりも周囲の個体への聞き込みで判明したと言っていい。彼はこのごろ、新人類としてあり得ないほどに感情的で、今後何らかの措置が取られる予定だったとのことだ。
確かに彼はかつて滅んでいった人間に対して、新人類の性質からは考えられないほどの感情を抱いていた。人間がどう生き、何を残して滅んでいったのか。そんなことを目をぎらぎらとさせてよく尋ねてきた。
その感情もすべて変化で得たものなら。あのとき見た彼の嬉しそうな顔もすべて、
「ああ、駄目だ駄目だ」
その感情も、すべて変化で得たものなら。あのとき見た彼の嬉しそ
「これだとちょっと主観が入りすぎてるよな」
その感情も、すべて変化で得たものだったのな
「これも後に寄生脳と出会う者たちのためだ」
その感情も、すべて変化
「分かりやすく、簡潔に書き記さないと」
今後何らかの措置が取られる予定だったとのことだ。
こうして臨界点が訪れてしまったとなると、新人類も絶滅の可能性が出てきたと言えるだろう。
人間で初めに臨界点に達したところから、私以外の全人類が絶滅するまで、およそ3年弱。ここからおよそ3年弱の間、当然私は生き続けるが、新人類はどうなるか分からない。
自分の同種族の絶滅すら止められなかった私が、新人類にできることは少ない。彼らは知識がない。生まれたばかりの生物だし、何より知識欲がないからだ。これを知りたい、あれを知りたい、と人間の私に絶え間なく湧き出てくる感情は、結果的に実を結んでいたのだ。
だから、対処法を知らない。知識と言うのは対処法だ。先人の失敗から学ぶことができるのが知識だ。先人も知識もない新人類にはきっとこの苦難は乗り越えられない。相手はすでに彼らの懐に入り込んでいるのだから。
私は休まずCASEを記録し続ける。それがすべての生物のためになると信じて。
最後に。
なぜ例の個体は臨界点に達したのか。ここからは非常に信憑性の薄い推測になる。
寄生脳がいつ生まれたのか。その答えを完全に知ることは私にはできないが、それは地球が生まれ遥か前なのかもしれないし、または宇宙が生まれるよりも遥か前なのかもしれない。とにかく、我々の感知できない存在であることは間違いない。
その暗闇に包まれた時間の中で寄生脳は生まれた。
寄生脳は初めは単独で生存していたのだろう。人間を離れ、地球に残ったときにも、寄生先のいない地球を生き延びていたことからそう推測できる。
ではなぜ、自分が使われる側になることもあると知りながら、生物に寄生する道を選んだのか。それは、人間に寄生したことによるメリットを考えると少し見えてくるものがある。
人間に寄生した脳は、人間が出してくる信号の入力を受け取り、そこから本来人間には不可能である高度な出力を行う。これに他の人間が加わるとどうなるだろうか。いや、正確には他の脳が。
人間が、他の脳が出した高度な出力に対し、反応をする信号を送る。それを受け取った脳は高度な出力を自ら読み取り、そこからさらに発展した出力を行うことができる。結果的に、単独では得られないような具合までに発展した結果を得ることができる。
これは言うなれば、相互に高め合うこと、人間が好んでいた行為そのものだ。ライバルを見つけて、そいつに負けないような出力をする。追い抜かれた方はそいつに追いつくためにもっと努力をする。
人間はただ体としてついているだけだ。脳もまた、脳にしか興味がない。
競争は人間にとって望ましい形での精神活動だが、それは寄生脳にとってもだった。
むしろ、それを好ましいと思わせるように、心理に訴えかけていた可能性もある。仮定の仮定なんて不毛な考えではあるが。
さらに、人間は生まれながらにして他人への強い執着心がある。
人間の身体が望む方へと進めば、脳はどんどん進化していく、これが人間に寄生するメリットだったのかもしれない。
だとすると、新人類はどうだろうか。
互いに競い合うことなどなく、何かに挑んで成功や失敗の結果を得るなんてことはしない。種として長い間生存し、絶滅を待つだけの味気ない生物。すべて寄生脳が自ら与えた能力によって。
だから、感情機能を変化させた。
新人類を人間に戻そうとしたのだ。
「だから、こんな根拠がないこと書いてたら駄目なんだ。消さないと」
新人類を人間に戻そうとしたのだ。
「消さないと」
人間に戻そうとしたのだ。
「消さないと」
人間に戻そうと
「はあ……」
人間
「いや……」
新人類を人間に戻そうとしたのだ。
感情を戻すだけではなく、記憶機能、運動機能、意識機能。
すべてを人間の標準レベルに戻そうとしている、と考えるとこの先の展開も読めてくるだろう。
この先、まるで人間みたいな新人類が増えていく。
ReCASE1では、均一化される前に感情を取り戻す兆候が見えた。そうなるとこの先、手に入れた能力を失う新人類が続々と発見されるようになるはずだ。
そしてその後は。
私はその能力が、新人類が望んで手に入れたものであることを願うばかりだ。
もしこの文章を読んでいる方がいたら、ここら辺は話半分で受け取ってほしい。
推測で終わるのが一番なのだから。
ReCASE2/絶滅の予兆/新人類 終




