第四十一話
102340年9月2日
「『翻訳不可』君。提出してくれた課題、確認したよ」
幼個体の管理担当である『翻訳不可』が僕の存在に気づいて声をかけてきた。
「そうですか。どうですか? 内容に問題は?」
「ああ、あれで問題ないはずだ。日本語訳したバージョンも送ってきたのは君だけだったがね。」
「比較して違いを書くならば、双方の言語で記すべきだと考えまして。評価は下がりますか?」
誕生から一定時間経過した幼個体は、成個体へのイニシエーションとして担当者ごとに異なる課題をこなす必要がある。その課題に成果によってその個体がどの生産過程に属するのかが決定される。
しかし我々の個体差は人間に発生するそれとは違う、微々たるものであるため、評価の優劣はあまりない。飽くまで成個体で行う生産を振り分けるための儀式であるにすぎない。
「むしろ良い評価を期待していい。いままであの人間に、あそこまで接触した個体はいなかった。人間の研究など、もはや廃れた学問であるに過ぎないと考えていたが、まだ得られる情報はありそうだ」
しかし、段々とその口調に冷たさを帯びてくる。
「まあ、役に立つかは不明だがね」
地面に吐き捨てるようにそう言うと、再び僕に話しかけてくる。
「しかし……。あの人間は、君に危害を加えていないのか? 人間の場合では、自らが住んでいた惑星を奪った生物に復讐を、なんて考えてもおかしくはないのではないのか。まあ、君の方が人間について知っていることは多いのだろうが」
確かに管理担当の言っていることは間違いではない。
人間は逆恨みをする。自分が今まで散々やってきたことを自分にされた途端に、そんな残酷なこと思い付きもしなかった、と言う顔で非難しだす。7万年のなかで何度も発生した事象だ。
しかし、
「あの人は大丈夫ですよ」
博士がそんなことするなんて、考えられない。
長く生きているからだろうか。博士は僕に一筋の怒りも見せたことがない。そもそも我々からの処遇に対しても、怒りと言うよりも寂しさを示しているぐらいだ。僕に危害が起きるなんて考えられない。
あ、そういえば一度だけ。
博士が怒ったことがあったな。




