第三十九話
102340年5月8日
「まあ、それで今に至ると」
目の前にいる人間は、僕の数千倍の時間を地球で過ごしていると知ると、その時間の長さを正確に捉えることができなくなる。
「寄生脳によって老化機能を過剰に発達させられたのが私。まあ、私がそう望んだ部分もあったから、寄生脳のせいだみたいな言い方も無責任だけどね」
舌を突き出しながら僕に説明した。
「じゃあさっき見せた、爪の修復は」
「不老の力を極限まで高めるとああいうことができるんだ。不老というのはつまり変わらないことだからね、あんな使い方はあまりしないのだけど」
特別だよ、と指をさされる。
「博士は、均一化されないんですか?」
知りたくなった部分を、いや必要な部分だからこそ質問をした。
「うーん、どうだろうね。今後起こるかもしれないけど、なんだかんだ11万年は生きたからね。このままなんだかんだ生き延びる気もする」
しかし、その後少し表情を陰らせた。
「まあ、また私だけ生き延びるのは勘弁だけどね。めんどくさいし」
僕にも聞こえないぐらいにそういうと、また腑抜けた表情に戻った。
「なんで、同じ人間でも博士だけ……」
「寄生脳側の都合は、正直分からないけど」
食い気味に僕の言葉を乗っ取った。
「私の推測では、脳の発達に追いついているから、かな」
「追いついてる?」
得意げに言われても。
「そう、均一化の要因は結局、脳の方が発達しすぎてしまうことだから。理論的には寄生脳が進化していくのに合わせて自分も進化していけば、あんな無残な姿にはならない、はず。」
参考程度に博士に見せられた、均一化が起こった後の人間の姿を思い出す。
「要は逃げ回っているんだ。寄生脳が進化して私を越すよりも先に、私がもっといろんなことを知って、知能で負けないようにする。そうすれば、頭が膨張するなんてことはなさそうじゃない? まあ、誰でもできることではないと思うんだけど」
推測に過ぎないというのは分かっているが、それは正しい考えな気がした。
「でも、どう?」
博士は僕の初めの目標を今思い出したようにこちらをニヤニヤと見てくる。
「これで、学校の課題は問題なさそう?」
「何度も言ってますけど。僕たちに学校はないです。個体ごとのわずかな発達の差を見分けるイニシエーションがあるだけで」
「えー、それ学校と何が違うの?」
「全然違います。学校というのは無駄な工程が非常に多く、我々が行うものとは大きく異なっているのが明白です」
博士との対話の中でも、自分の日本語の能力が向上しているのを感じる。一度、日本語についての資料を読んだだけなのだが、地球で使用されていた言語は習得にあまり時間を使わないらしい。
「また人間の歴史について聞きに来ます。明日、聞けなかったこと以外の資料も読ませてください」
地球に住む以上、一日という生活単位に引っ張られるのは、人間も我々も一緒らしい。すでに赤に染まった外を眺める。
「はーい。たんまりあるから、来たいときに来てよ」
博士は研究所を去る僕に手を振っていた。
このジェスチャーの意味も、明日教えてもらおう。




