第三十五話
「世界各地で原因不明の変死者が出てきてるんだ。そのペースは人類が増えるよりも早く、原因を究明しようとする研究者も次々に死んでいって、対処のしようもない」
なるほど、まだ事態は始まったばかりらしい。
「それによって、この病院ももはや機能しなくなっている。世間は終末だと浮かれて、真面目に労働する人すら珍しい」
なるほど。だからナースの一人も見なかったのか。
「せめて、原因ぐらい分かってもいいと思うんだけどな」
「知ってるよ」
父は僕がしばらく聞き役に徹すると思っていたようで、僕の発言にしばらく固まった。そして、おそらく最も相応しい返答をした。
「何をだ?」
「だから、そのこと。人類はもうすぐ絶滅すること」
それから僕が冗談を言っているのだと判断した父は、先ほどよりも子供と話すときの口調になった。
「いや、だって。昨日まで寝たきりだったんだろう?」
なんて説明すればいいのだろうか。僕が受けた体験は言葉で表せるようなものじゃない。少なくとも僕にはその語彙がない。
そのとき、ふと天啓のように寄生脳の言葉が響いた。
『十分に発達した脳であれば可能』
なるほどな。
「父さんさ、ちょっと近づいてもらえる?」
「え? なんでだ?」
さっきからいまいち会話が成立しない息子を不思議に思いながらも、椅子を浮かしてベッドの近くに移動してくれた。
さて。
あれは僕の能力なんだ。なら、好きなときに使うことができるはず。
意識を集中させる。目を瞑る。その空間を思い出す。
「おい、どうした? 何か具合が……」
落ちる意識に段々と声が聞こえなくなる。できるはずだ。
……。
何かが完了したような気がして周りを見渡す。
「やっぱりだ」
「え? おい、ここ」
僕と父は志摩スペイン村に来ていた。成功だ。
「ここは明晰夢世界。僕もその人類の絶滅に関係してるんだ」
その短い言葉で、伝えたいことを少しは理解したのかもしれない。
「ここ、なんだったか。子供のころ連れて行った……」
「スペインだよ。それより父さん、どう?」
さらっと嘘をつくほどに本題を急いでいた。
「……なるほど。これがお前の能力なんだな」
どうやら理解してくれたようだ。
この明晰夢世界は、僕の意識の中に世界を創り出す能力だ。
だから、この世界に人を連れてくることさえできれば、僕の脳内にある情報を共有できるはずだと思ったんだ。
そしてそれは成功したみたいだ。能力や何やらは現時点では分かっていないことであったはずなのに、父自身からその言葉が出たのだから。
「そういうこと。僕はこれのおかげで目が覚めたらしい」
「でも、ということは……」
どうやら、漏れなく共有できたようだ。再会をひそかに喜び、心なしか明るくなっていた表情が再び曇り始める。
「そう。二週間とかで僕の脳は弾けるらしい」
「そうか。せっかく起きたと思ったんだけどな」
「起きないよりはましだよ」
それもそうだ、とでも言いたげな顔で父はベンチから立ち上がる。
「世界はどうなってしまうんだろうな」
空を見上げながら、こぼれるような声を発した。
「もともと分からないんだよ、地球がどうなっていくかなんて」
寄生脳との会話で、人間はそこまで偉い生物じゃないと気づかされた。地球の命運を握っているわけでも、宇宙の王になったわけでもない、
「まあ、人類が居なくなるだけで済むなら、それで良い気がしてきたわ」
まるで自分達だけは生き残れるかのような口調で話す。
初めは人で賑わっていないことに違和感を覚えた志摩スペイン村だったが、いまはこれが正しい状態だったのかもしれないと、脳ではなく心で思い始めていた。
「この能力、何か使い道あるのかな」
残された時間をどう過ごすべきなのか。僕たちは今地球上でもっともホットな議題で議論を始めた。
CASE217追加資料/意識機能の変化/小寺候樹 終




