第三十二話
「で、僕はこれからどうなるの?」
結局、一番重要な質問はこれだ。僕の脳がどうだとか、宇宙から来たとか、そんなSFじみた設定を聞かされても、まあ嫌いじゃないけど、せっかく目が覚めたんだから、ずっとここに閉じ込められるっていうのはあんまりだ。
「どうなる、というのは生命活動の停止が間近にあるか否か、ということ?」
「うーん、まあそういうことでもある」
なんだか、賢すぎる人と話しているときみたいだ。会話の中の小細工や比喩表現がまったく意味をなさない。ただ、意味の交換を交互に繰り返すだけで。というか、僕の脳内がお見通しなら確認なんてしなくていいと思うんだけどな。
「すべてお見通し、というのは間違い。脳にすら現れていない感覚的な判断は『一人称』には届いてこない」
「そうですか」
そうですか。
「それで、答えは」
「あなたは、近いうちに脳機能が停止し、それに伴って身体も修復不可能なほどに損傷する」
一番聞かされたくない宣告だろう。
「はあ、それは、なぜ?」
「『二人称』はこの能力を得た。それはさっき話した通り、寄生脳の進化が一種の臨界点に達したから。だけど、『二人称』の身体はその進化に対応できるわけではない。今はまだ耐えている状態。しかし、これから寄生脳同士で能力を高め合う過程を経て、人間の身体は完全に崩壊する」
怖。
「能力が発現するのは分かりやすい兆候。それからしばらくして発現した者の頭部が、脳の膨張と共に弾ける。均一化までの時間は人によって未知数。発現後すぐの場合もあれば、20年ほど何もない人もいる。しかし、これまでの情報から考えても、人間が生きられるような損傷ではない。『二人称』もいつしかそれを経験することになる」
ゼロだった時間がそこまで伸びたと考えれば、悪くはないのか? いや、悪いな、悪いというかグロいな。
「それって全人類が、そう、なるってこと?」
もしこの質問にイエスと答えられたら、それは人類が滅亡することが確定するということなのだから、そんなことが起こってよいわけがないのに、なぜかその答えを少し望む気持ちもあった。その気持ちを受け取った、目の前の人類の敵はどう考えるのだろうか。
「それは、おそらくそう」
「おそらく?」
これまで僕が知らないことばかり教えてきた寄生脳が、断定的な言葉遣いをしたことに少し引っかかった。
「これまで『一人称』達はありとあらゆる生物に寄生してきた。しかし、どれもその途中でより良い宿主を見つけて乗り換えてきた。こうやって、宿主の身体に、宿主自体が絶滅するまで寄生していたのは初めて」
何気に自分の種族の絶滅が確定しているの、ウケるな。
「なぜ人間から乗り換えなかったの?」
「まず、この地球に長い間、人類よりも宿主に適した生物が現れなかったこと。第四期以降に人間が勢力を拡大させた後、数えられないほどの生物が新興したけど、それは人間の下に存在するという図式の中で、だった」
哺乳類の時代、とも呼ばれる第四期。そこに至っては、人間を上回る生物は僕の知る限りいなかった。
「『一人称』が寄生先に求めるのは、双方にとって進化の相互作用を起こせること。そういう観点から見ると、互いに競い合う傾向の強い人類は、同程度の知能の生物が居てもその特性で優位に立つことができた。結局、その相互作用が成り立たなくなるまで進化しつくしてしまう結末になったんだけど」
ズッコケるべきところだったんだろうか。あいにく、そんな気分にはなれなかったが。
「じゃあ、人間に寄生する前に比べて、寄生脳はかなり進化したってこと?」
「そう。宿主の脳の一部を過剰に発達させて能力を与えるなんてことは、人類に寄生する前の『一人称』には不可能だった」
へー。人間も役に立っていたのか。役に立ちすぎて、死ぬことになるわけだけど。
「ただ、人間に起きた進化に比べると些細なものであることも確か。生きている時間の違いから考えれば当然のことではあるけど」
「じゃあ。もし、寄生脳がなかったら、人類はどうなっていたの?」
どこまでが人類の功績で、どこまでが寄生脳の功績なのか。返答次第によっては絶望そのものとなって僕を襲う物ではあるけど、この世にある数々の優れた発明を生み出した原因が寄生脳なのだとしたら、僕は感謝を言わなければならないとも思っている。
「すでに滅んだ四足歩行の霊長類のように、種が途絶えていただけ。文明の礎となる高度な知能は与えられないのだから、人間が研究対象にする動物と同様に、環境に生命の存在を依存させたなんでもない生物種の一つになっていた」
何とも言い難い事実だ。人類を絶滅させる最大の敵は、これまで人類を生かしきた最大の要因でもある。
「分かった。じゃあ言いたいことは次で最後」
顔があるのかは分からないが、それ、は僕の目を見た気がする。
「寄生脳は、憎むべき相手なのかもしれないけど、僕はそうは思えない」
寄生脳のフォルムが変容していく。
「これまで人類は君たちのおかげで随分良い思いをしてきた。発展も、成長も、衰退も、後退も、喜も、哀も、怒も、楽も、脳のもとで成り立っていたのだから」
それ、が纏っている曖昧な境界が収束していき、人型のシルエットに収まっていった。
「だったら言うべきは、感謝の言葉だ。これまで人類を支えてくれて、人類を二本足で立たせてくれて」
もはや目の前に居るのは、
「ありがとう」
ただの少女だった。
「『二人称』の脳だから分かる」
数秒ほど待ってから、再び声が聞こえる。
「『二人称』は二週間後に臨界点に達する。そこで生命活動は停止する。能力が使える唯一の時間だから、好きに過ごすのが賢明」
寄生脳が伝えたことは残酷な余命宣告だが、受け入れるのはなぜか簡単だった。
気付いたら周りにあるのは、スペインを模したテーマパークではなくて、寂れた病院の一室だった。
「ご忠告ありがとう。まあ、気楽に過ごすよ」
僕は笑顔だった。作り笑顔は苦手だから、おそらく本心から笑っていた。自分が死ぬのだと知った後だというのに。
「それがいいと思う。人間はいろいろと考えすぎだから」
それは寄生脳という種としての言葉ではない気がした。
そうして視界が暗くなっていった。でも、お先真っ暗ではない。むしろ、ここから明るくなるための暗さのようで、心は晴れやかだった。




