第三十話
人間ではない、他の動物でもない、丸、三角、四角、またはその組み合わせで出来上がる図形でもない。見つめていてもその全容は掴めず、そのうえ全体のうねりに合わせて次々と形状や色が変化し、目を離してもいないのに数秒後にはまた新たに知らない形になっている。いくら見つめても正確に捉えることが不可能だった。
自分の脳内でおよそ数十秒ほど経ったと思えるほど立ち尽くしていた。しかし、何か僕の返答を急かす様子はなく、それはただ存在しているだけだった。
「あの、あなたも、僕の脳内のやつですか?」
文章だけ見れば意味の分からない質問だが、僕の脳内にある何かがたまたま意志を持って語りかけてきているのか、まったくの外的要因が脳内にアクセスしてきているのかでは気の持ちようもかなり違ってくる。
「そうとも言えるし、違うとも言える」
返答だけ見れば、このどっちつかずでその場しのぎの感じは、おなじくどっちつかずの僕の脳内から発せられた可能性も感じられるものである。しかし、それ以外の要素は不気味そのものであり、いや、不気味と言うのも違う、何と言うのも違う。この物体への評価は今の僕にはできないが、この明晰脳で一つも適する単語を用意できないという状況にはまさに不気味と言う評価がぴったりである。
見た目も去ることながらその声もである。一つの声なのに、すべての音が聞こえるような、文字を発音しているようで、実は全部同じ音のような。
「それは、どういうこと?」
「『二人称』の脳の一部だし、外からやってきたものでもある」
要領を得ない返答だ。説教をされているときの自分の返答にそっくりである。さすがに詳しく聞く必要があるだろう。
よく見ると、さっき質問したときよりもやや色彩が明るくなっている。何の変化が起きたのだろうか。
「だから、それはどういうことなの?」
「そのままの意味」
「そのまま受け取っても分からないよ。詳しく説明して」
以前として態度を変えない、それ、に僕はつい強い口調になってしまう。何かを知りたい、という気持ちを原動力とする行動は人間の他のどの行動よりも原始的で救いようがない。結果としてそれは想像以上の結果を得るのだが。
「『一人称』は君の脳の一部だけど、そもそも脳というのは宇宙人なんだ。それが人類の祖先に寄生して、現代までやってきた。だけど脳の方の進化に人類はそろそろ耐えられなくなっていて、君みたいに体を置き去りにして能力を得る人が増えてきている。『一人称』はそうやって肥大化した『二人称』の脳の一部だし、そもそもルーツをたどれば外からきた宇宙人でもある。だからさっきみたいな返事をした」
102340年5月8日
「え?」
「ちょっと‼ それ先読まないでよ。私が言おうとしてたこと、CASE85で全部分かっちゃうんだから」
博士はため息をついて、黒い汁を啜る。
「せっかくここまで話してきたのにさ」
不貞腐れた様子で、こちらを見てくる
「まあ、もういいや、続き読んでよ」
「いやいや、これ、本当ですか?」
博士はやや不貞腐れたような表情で僕の言葉に応じた。
「そりゃ本当だよ。何より本人が語ってるんだから。珍しいんだよ、寄生脳本人が喋ってるのは」
「寄生脳、ってなんですか?」
「まあ、とにかく読んで。後から補足するから」
促されるように続きの文字を追い始めた。




