第十九話
2016年4月15日
颯太先輩はサークルの一つ上の世代で、新歓のときからお世話になってた。面倒見が良い人で、後輩のあたしたちと接する機会も多かった。
だから、後輩からもモテてたし、あたしもそんなに嫌いじゃなかった。でも、嫌いじゃなかったなんて言い方をする理由は、やっぱり真美の存在が大きい。
真美は大学一年のときからずっと颯太先輩が好きだったし、サークル内では声に出して確認をするほどじゃないけど全体にその雰囲気は漂っていた。あのときの、全員が真美と颯太先輩が主役を演じる芝居の一部みたいな部屋の空気を思い出して、喉の奥に冷たい空気が入ってくる。
でも、颯太先輩には一つ上の綺麗な彼女が居たし、その関係は途切れないままあたしたちの前を卒業という形で去っていった。その時の真美はなんだか無理に元気を作っているようで、見ていて痛々しかった。
2024年5月7日
颯太先輩の卒業から5年後。お互いに就職し、社会人となった真美と颯太先輩はふらっと入った居酒屋で偶然の再会をした。あのときの彼女と別れたということを聞き出すと、真美はお酒の力も借りながら、その二年間を埋めるみたいに猛アタック。解散するまでに次に会う予定を取り付けていた。
2025年7月10日
そこからお互いの仕事の合間を縫って何度かあたし抜きでも会ってたみたいで、一年前についに交際がスタート。そこから半年後にはもう同棲を始めて、幸せの絶頂って感じ。もちろん二人ともまだまだ若いけど、もう結婚もおかしくない年だし、このままゴールインって感じなのかなあ。二人の結婚式を想像するだけでニヤニヤが止まらなくなる。
はい、これが真美と颯太先輩の話。
そして、あたしとそうくんの話はこう。
2024年5月7日
社会人一年目のとき、真美と居酒屋で飲んでいると、あたしの方が先にそうくんの存在に気がついた。社会人になってから見るそうくんは、もともと持っていた凛々しさとは別に、何か大学生のときから人間としてのステージがまた一歩進んだような、そんな大人としての立ち振る舞いを感じて、あのころより少し心惹かれたのを覚えている。
真美に伝えようか悩んだけど、面白そうだから「あそこにいるの、颯太先輩じゃない?」と耳元でこそこそ伝えてあげた。
結果的に、そうくんとその同僚の人、真美とあたしの四人で飲むことになった。
その会は結局なかなかの盛り上がりを見せたけど、やはり社会人としての立場に諫められて頃合いよく解散となった。でも真美は嬉しそうだった。そりゃ当然だろう。憧れの先輩と偶然の再会。
真美と別れた帰りの電車の中、身体がスマホの振動を察知した。
何か予感がしたのを覚えている。それは明るい未来を予感したものなのか、戻ることのできない泥沼を予感したものだったのか、今はまだ判断ができない。
「お疲れさま。今日は久々に会えて楽しかったよ! 今度また二人で飲みたいなあって思うんだけど、都合のいい日とかある?」
颯太先輩からだった。
颯太先輩から、だった。
「お疲れ様です、颯太先輩(笑)お誘いとても嬉しいです! あたしもぜひ行きたいです! おすすめのお店連れて行ってください(笑)」
こんなメッセージを打っている間、真美の顔が浮かばなかったわけじゃない。でも、脳でその申し訳なさ、自責、焦り、劣情、興奮、高揚、優越感、それらすべてが発動しても体がまったく従わなかったのだ。
そこで会って以来あたしたちは、真美抜きで会う回数が増えていった。
もちろん、そのときから、いやその前から真美が颯太先輩に好意を抱いていることは知っていたし、颯太先輩もまんざらではないことを本人から直接聞いてもいた。
じゃあ、なんで関係を持ち続けてるのかって?
ホラー映画を見る理由は、怖くないから。世間的に怖いとされているものを怖いと感じないから、あたしに向いているんだと思った。
あたしに向いているんだと思った。
世間的に怖くて、焦って、スリルを感じて、最後は破滅する。そんな関係を続けるのがあたしに向いているのだと思った。
だったら、全員の幸せのためにあたしが誰にもばれないようにそうくんと会うのが一番良い。だって、あたしに向いているんだから。
そして今に至るわけだけど、これからどうなるかは分からない。あたしから「もうこんな関係は辞めよう」って言わないといけないのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。あのメッセージに返信したときのような、自分の身体が感情の制御の下にない感覚が強まっている。あたしの下している判断が今どこから来ているのか、いまいち分からない。




