第十七話
CASE34追加資料/感情機能の変化/楠瀬由衣
以下、推測されるストーリー
2026年7月6日
「ねえ、これ怖いやつでしょ、大丈夫なの?」
真美はほぼ涙目になりながら、あたしの袖を掴む。颯太先輩の前でもそんな振る舞いするのかな。
「だいじょぶだって。怖いの来るときは、来るぞー! って分かるから」
「それの何がいいの! 怖いのが来ないのが一番なんだけど」
あたしの右で暴れる真美を尻目に再生ボタンを押す。
「残念、もう始まっちゃいましたー」
「うわー、止めて止めて」
あたしが持っているリモコンを奪おうと、身を乗り出して両手を振っている。自分の家では発生しないような匂いが胸元の当たりからして少しドキッとする。
「もう観念しなって。確かに怖いけど、面白い映画だからさ」
「うー。私の心臓が止まっちゃったら責任取ってね」
「できる限りね」
そう言うと、クッションを抱えながら薄目でプロジェクターが映す淡い光に目をやっていた。その様子を見て、あたしも前の方を向く。
昔から怖い映画とか、本当にあった怖いやつとか、そういうのが好きだった。
なんか面白くない?
そうやって一緒に見た家族とか友達とかによく賛同を求めていた。でも、周りの反応は怖い、以前にキモイとか意味が分からないとか、そんな感じで。とにかく仲間がいなかった。
でも大学で映画サークルに入って、それぞれが好きなものを追っている姿がとても新鮮で、自分もこういう感じでいいんだって思えた。それがあたしの転機だったと思う。今の映像系の会社に入れたのも、そのサークルの先輩からの紹介だし。
そこで、特に仲良くなったのが、今隣で「まだ来ない? まだ来ないよね?」とかなんとか言ってる真美。映画の趣味が合ったわけじゃないけど、真美の素直な性格と、何事も否定しないスタンスにあたしが心地よさを感じたから、最初は積極的に仲良くなりにいった。
大学の時間は有限だから終わっちゃうものだけど、そこで作った絆は永遠に続くものだから。なんてアラサーがこんな中学生みたいなこと考えてどうすんだって話だけど。
そして今でも、こうやって二週間に一回ぐらい交代でそれぞれの家に集まってる。招く側は毎回おすすめの映画を一本用意しておいて、それを見たり見なかったりして夜が更けていく。なんだか、大学生のころとおんなじことしてるなって思う。
真美が転職する前は家が遠かったから、終電までには帰らなくちゃいけなかったけど、あたしの通勤圏内に引っ越してからは、お互い帰る時間も気にせずに深夜まで楽しい時間が延長されている。お泊りの道具もあらかた相手の家に持ち込んでるし、事前に予定が無くても、近くにきたら寄っちゃうこともある。この前も、夜に醤油切らした真美が家にきて大盛り上がり。
用意する映画もあたしはもっぱらホラー、真美は大体ミュージカルとかラブロマンスとか華やかな映画。あたしは真美が好きそうな映画にあんまり興味が無いんだけど、おすすめする熱量がすごくてつられて最後まで見てしまう。真美はいつも感動して涙を流してるし、ジャンプスケアに驚いて涙を流している。あたしは真美ほど感情が動くわけじゃないから、こんなに楽しそうに映画を見る人がいて、作った人も売れしいだろうなーって他人事みたいにぼーっとしてる。映像関係の人間がこの反応は良くないか(笑)。
「うわー私もう駄目―」
「ちょっとーまだ半分も終わってないよ」
「もう怖くて見れないっ!」
そう言うと体を180度回転させて、プロジェクターにお尻を向けた。
「いやいや、今そんな怖くないよ。よく見てみて」
肩をポンポンと叩いて、前を見るよう促す。
「え? ほんと」
女の人の胸元に刃物が突き付けられ鮮血が飛び散る。
「ぎゃー!」
今度は仰向けになってあたしの膝の上に倒れこんでしまった。
「あはははは! ごめんごめん。ちょーっとタイミング悪かったみたいだね」
「もう知らない!」
拗ねてしまった。こうやってても、なんだかんだ数分後には怖いもの見たさで顔を上げているのだ。憎いやつ。




