第十五話
2026年6月23日
そこからやってることは別に、あの日の公園でやったこと何一つ変わらない。スケールだけ大きくなっているが。倒す相手は、隣に住む小学生、サッカー部の中学生、強豪校の高校生、さらには世界のトッププレイヤーにまでなったが、俺が他を圧倒できるのは、あのとき手に入れたこのよく分からない能力のおかげとしか言えない。それ以外は別に特別なことはない。精々体を大きくするために食生活を太くしたぐらいだ。
選手としての自己アピールを聞かれることもあるが、「やはりこの時間を止める能力ですね」なんて言えるわけはない。疲れが溜まっていると心配されるだけだ。
……きっと、この試合は俺が大きな注目を浴びる試合になるだろう。年齢的にもピークと言える時期だし、次のワールドカップのときには、たとえ時間を止められる選手でも勝てなくなっているかもしれない。
だからこそ、自分の原点について考えたくなってしまったのかもしれない。
試合前に精神統一する選手は多いが、まさかこんな幼稚な妄想、にも思えることを考えているやつはいないだろう。
……もう時間だ。
俺は別に勝ちたいとは思っていない。はっきり言って、次の次の人生まで暮らしているだけのお金はあるし、それは勝った負けたどうとかで揺らぐものでもない。
でも、負けたことがないから、怖いだけなのだ。もし、自分が負けたらどうなるのだろうかと。もちろん、チーム単位での負けはゼロではないが、自分がこいつと対面して負けたという相手には会ったことがない。それは得意げに思うことではなく当たり前なのだ。相手にはあの能力がない、俺にはある。俺は相手がどう出るかすべて把握できてしまうから負ける方が難しい。
負けが怖くて、能力に頼らない試合はできたことがない。最近はもはや発動のきっかけである、強く念じる行為も要らなくなり、相手と向き合ったときには自動的に周りの時間が停止している。俺の本性がそうさせているんだろうか、負けが怖くて。
歓声を受けながらスタジアムに入場する。すでに観客の熱気は最高潮で、日本も、相手国も、両者の母国語で声援、罵声が飛び交っている。
キックオフだ。
試合は想定通り進んでいった。両者睨み合いが続いて、ボールが大きく動かない。ゴールにつながる動き、そしてそれにつながる動きすらも起こらないまま、時間がどんどんと進んでいった。
だがその膠着状態の中、上手く相手の裏をかいた味方からパスが回ってくる。
不意を取られた相手チームの誰もが俺の存在に気づいていない。つまり、チャンスだ。体を前に出してパスに応じる。
受け取ったボールをゴールに運ぶためには、どうすればいいのか考える。
考えていると、自然と時間が止まっていた。
前方には相手選手が4~5人。不意を突かれたからか、俺にとってかなり都合の良い配置に固まっている。つまり、ここを追い抜けば後は一直線ということだ。
改めて、相手の動きを予測する。奥にいる2人は身体の向き、姿勢からして動き出して数秒経っても、俺の位置を特定するのに時間を取るだろう。つまり、ここは大胆に抜けて問題無し。
前方のやつらは、この時間の中でこそ俺には気づいていないが、動き出した瞬間にこちらへ向かってくるだろう。俺が決めたいのと同じぐらいに、相手もそれを阻止したいのだ。
なら、どうするか。これまで学んできた、さまざまな戦術から最も適したものを導き出す。
なるほどな。
依然として、大胆な突破で問題ないだろう。
敵は突然現れた俺に視線を奪われる。そして瞬時に身体が反応する。そういうよう鍛錬を積んできたからだ。出る杭は潰す。そういうような雰囲気のプレーがよく目立つこのチームならば、全員が俺を静止させるように動くだろう。
しかし、そう考えるものが複数いるのなら、一瞬だけ立ち止まる時間が発生する。誰が取りにいくのか、とコンタクトが生じるからだ。
それは実生活で言えば、数えられることもない連続した時間の中にあるのかもしれない。
しかし、今の俺は止まった時間の中にいる。どんな小さな隙も見逃す気はない。
そうやって生じた隙を狙う。それでこの局面は突破できる、はずだ。
まあ、読みが外れたらまた時間を止めて別の手を探ればいい。暫定的に最も高い可能性を信じよう。
作戦は決まった。あとは体を指定の位置に動かしておくだけだ。
具体的に言えば、腕はここ、足はここ、とクレイアニメのようにパーツごとに場所を指定する。指定した場所にはじりじりとパーツが移動し、もう一度念じると時間は動き出し、身体は指定通りの位置にある。
この能力を使って、俺はどんな対面も切り抜けてきた。
人間が失敗するのは、過ぎる時間に焦って判断を下すからだ。一度冷静になって、自分の中から経験を探ることができれば、自然と次に身体をどう動かすべきか見えてくる。
事前に指定した位置に身体があれば、現状に対処しながらも次の瞬間について考えることができ、想像以上にメリットは大きい。だから、俺は勝ってきたんだ
腑抜けた意識を集中させる。もうすぐ時間が動き出す。
「っし!」
僅かな時間、しかしスポーツにとっては無限とも取れる時間を硬直して過ごす相手選手の脇をボールと共にするりと抜ける。驚きの感情に塗れた言葉は俺には届かない。どうやら今このスタジアムは俺の独壇場のようだ。
……かと思ったが、一人。俺の動きに対応してくる選手がいた。
相手チームのベテランプレイヤー。豊富な経験でチームを支える陰の実力者。
戦術理解が得意で、ピッタリ俺の苦手なタイプだ。
走るボールと共に完全に目が合った。闘志にに満ちた目。長年プロとして活躍する選手特有のぎらぎらとした眼差しだ。
ここでの先制点は、試合的にはもちろん、精神的にも優位に立てる一手に成り得る。
ここを逃すようでは、この先も勝ち抜くことなど不可能だ。
あいつはこちらに合わせて近づいてくる。ここを抜ければ、相手ゴールまではあと少し。決して抜けられない局面ではない。
俺がそう思うが先に、やがて観客の降っている旗や歓声は鈍さを得ていき、やがてあの感覚が再度襲ってきた。
時間が止まった。
さて、どうするか。




