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ルナリアン  作者: 広育 春美


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4/15

ハッチ

月の裏のハッチへ向かう。

待ち受けていたのは、人類がまだ一度も触れたことのない“未知”だった。

 「ようこそ。君たちをずっと待っていたよ」

 ストーンズは優しい笑みを浮かべながら、順に3人と目を合わせた。

 「私はこの月面基地セレーネの総司令官、ストーンズだ。ついにこの時が来たな。君たちの地球での訓練成果は、熟練の宇宙飛行士たちをも驚かせた。私もその一人だ。その類稀なる才能をミッションで存分に発揮してほしい。

 ミッションの現地では、訓練以上に過酷な出来事が待ち受けているかもしれない。しかし、君たちの鋼のように強靭な精神力があれば、必ずや乗り越えられると信じている。こちらは今回のミッションリーダー、ツェッペリンだ。彼が君たちを案内してくれる。ではツェッペリン、後は君に任せた。」

 「イェッサー。」

 ストーンズは3人としっかりと握手を交わし、指令室へと戻って行った。その後、ツェッペリンが説明を始める。

 「改めて、ツェッペリンだ。今後ともよろしく頼む。まずは部屋に案内して荷物を片付けよう。その後、基地内を回ってメインスタッフを紹介する。侵入作戦の開始は3日後だから、それまでの間、作戦会議に2度ほど参加してもらう。それ以外は自由に過ごしてくれればいい。

 今まで行ってきた訓練の見直しや、実際の無重力空間での再訓練も大歓迎だ。イメージトレーニングで部屋にこもるのもいいし、施設内を自由に歩き回るのも問題ない。君たちが最善を尽くせるように自由に過ごしてくれ。地球よりも実地に近い環境で訓練できる施設もあるので、一度は試してみる事をお勧めする。他にも必要なことがあれば何でも言ってくれ。ただ、大切なミッションの前だから、身体に疲れが残るような激しい運動や、怪我をするほどの過酷な運動は控えてくれ。」

 ヴァーナが代表して答えた。

 「ありがとうございます。一つ質問させてください。3日後のミッションでやることは具体的に決まっているのでしょうか。」

 「ハッチ内部がどうなっているのか行ってみないと分からないので、具体的な内容を話し合うことはできていない。そもそも、本当にハッチを開けることが可能なのかさえ、我々には分からない状態だからな。今まではミッションに辿り着くまでの準備、それぞれのスケジュールなどが話し合われてきた。今日と明日の2回は、これまでの集大成を君たちも含めて最終確認するような形で行うつもりだ。」

 3人はこれからの3日間の予定について納得し、自分たちの個室に案内された。その後に紹介されたメインスタッフは、誰もが名前を聞いたことがある有名な学者ばかりであった。

 紹介が終わった時、リカがツェッペリンに言った。

 「先ほど現地のような訓練と言われていましたが、それを今から試すことは可能でしょうか。」

 「もちろん、いつでもできるように準備は万全の状態にしてある。3人ともやってみるか。」

 全員が頷き、訓練用のドームに移動した。


 訓練用ドームは縦横10メートルの小さなものだが、その内部は特別な雰囲気を醸し出していた。壁と天井は特殊強化ガラスで覆われ、透明なその外観から周囲の月の岩肌がくっきりと見える。必要に応じて非透明にも切り替え可能だ。ドーム内の温度は常に一定に保たれ、昼夜を問わず訓練を行える環境が整っている。さらに、床の静電気システムをOFFにすれば、月の重力だけの状態を再現でき、ドーム内の空気を抜くこともできる。

 部屋の中央には、実物のハッチの見た目を疑似して作られた精巧な模型が鎮座している。上空から撮影された画像を元に作成されたこのハッチは、素材こそ不明だが、模型はチタンで作られていた。サイズは約25分の1だが、円の中心が少し盛り上がった外観は本物そっくりだ。

 ヴァーナがその模型を見ながら言った。

 「地球で画像は見たけど、こうして模型を見ると、ハッチというよりも開け閉めできない蓋と呼んだ方がいいかもしれない。本当に開けることができるのか心配になってくるな。けど、この秘密任務がハッカーによって世界に公開されたことで、人類全体がこのプロジェクトに注目している。もしかすると、地球外生命体との初のコンタクトになるかもしれない任務になる、何にしても何かしらの期待に応えないと、地球には戻れないな。」

 リカが続いて発言した。

 「そうそう。手ぶらでは帰れない。この模型を見たら、やる気が出てきた。今は訓練よりも気持ちを整理する方に力を入れたい。無重力の訓練は地球で散々こなしてきたから十分だと思うけど、本当の無重力で訓練の成果を試してみるわ。現地までの船や工具状態も確認をしたくなった。」

 ツェッペリンがそれに答えた。

 「現地の詳細については、まず今日の作戦会議を終えてからにしよう。それを知ってからの方が説明しやすいし、君たちも納得するはずだ。作戦会議の30分前に呼びかけるから、連絡用のブレスレットをつけておいてくれ。では、一先ず解散だ。」


 作戦会議には20人ほどが集まっていた。改めて紹介された3人は席に着いた。

 「3日後の予定は、テーブルの画面に表示されている通りだ。地球標準時間の9時に開始する。このプロジェクトのために造られた新型船でハッチに向かう。20分ほどで現地に到着し、船から4本の脚を伸ばして電波障害を避けるため上空500メートルで待機する。君たち3人は降下棒を使ってハッチに降りることになる。

 船と3人の間の連絡は、無線は当たり前だが、物理的なコードも使用する。ヘルメットに3人を繋ぐコードがあり、最大で500メートルまで伸びる。自動で伸縮するようになっている。船からのコードは背中に装着され、その長さは最大2000メートル。こちらも伸縮するが、作業の邪魔になり、切断が必要な場合は、AIに指示を出せば切断は可能だ。船と接続している間は、こちらからも映像を確認できるが、切断した場合は宇宙服に記録された映像しか残らない。切断するような状況にならないことを祈るばかりだが、任務が最優先なので、必要があれば気兼ねなく切断してくれ。

 君たち3人を繋ぐコードを切る場合は、宇宙服の中にある緊急切断ボタンがある。これは、リハーサルの時に使い方は説明しよう。ここまで質問はあるか?」

 シスが手を上げて質問した。

 「コードの太さと強度を教えてください。ちょっと引っ張るだけで切れるなんて事はないと思いますが、一応聞いて安心したいところです。」

 「船から延びるコードの太さは3ミリ、君たち3人を繋ぐコードは1ミリだ。どちらも10トンの重りを乗せても切れないので、強度は十分だ。さらに、君たちを繋ぐコードには柔軟性があり、伸縮するので切断しにくい構造になっている。」

 ツェッペリンが答えた。そこに、ヴァーナが割り込んだ。

 「1人が作業している時にコードが邪魔になることとか、相方の手の動きに引っ張られることはないのでしょうか。」

 ツェッペリンは少し考えてから答えた。

 「コードが邪魔になるかどうかは、正直状況次第なので正確なことは言えない。十分な長さがあるが、相方の動きに引っ張られることはない。接続している感覚はほとんどないはずだ。故意にコードを絡める以外は問題ないと思うが、君たちの動き次第だ。他に質問はあるか?」

 彼の答えに3人は納得し、静かに頷いた。


 1回目の作戦会議では、宇宙服や器具の使い方について改めて説明があり、ハッチの調査方法についても話し合われた。しかし、やはり現地に行かないと分からないことが多く、答えが出ない事に対しては深く検討しても無駄だということが明らかになった。

 翌日の2回目の作戦会議では、ハッチ内に入れた場合のことが議論された。電波障害を引き起こす原因が判明した場合、まずそれを停止させることが優先された。さらに、今まで話せなかった地球外生命体が存在する場合の対応や、例え居なくともその技術を調査する方法について、夢のような話が次々と展開された。

 そして、ついに現地に出発する時が来た。


 月面基地での異常な現象を調査するため、乗組員は出発準備を整えていた。その足元にあるのは、あの“巨船”だった。縦400メートル、横200メートル、高さ30メートルという超巨大な新型船は、宇宙空間でのみその真価を発揮する姿を持っていた。その設計は、1年前に接近した巨大隕石の脅威を受け、月面基地からの脱出手段がなかった経験を踏まえて緊急時に全員を救出するために生まれたものだ。

 この巨船は、その圧倒的なサイズにもかかわらず、加減速の時間も含めて約20分で5000キロメートル先の目的地に到着することができる。宇宙空間でこそ真価を発揮するために造られていた。

 内部は四つの階層に分かれており、第一階層は高さ3メートル。研究用の植物や作物がぎっしりと植えられており、緊急時の食料としても活用できるようになっている。船のAIが光、温度、水の管理を完全に掌握している。

 第二階層は居住スペースであり、高さ10メートルの中に更に四階建ての構造を持つ。ここには居住区、食堂、遊戯施設などが収められている。クルーたちの生活を快適にするためのすべてが揃っていた。

 第三階層にはメインエントランスがあり、実験や研究のためのワークスペースが広がる。通路には木が植えられ、まるで地球のビル内にいるかのような風景が広がっている。

 最上階の第四階層には、脱出用の小型宇宙船や脱出カプセルが配置され、通信機器や太陽エネルギー増幅装置、反物質エンジン調整機など、各種メカニカル装置が収められている。

 この新型船が今回の移動に選ばれた理由は、四本の脚を延ばしてその場に停滞できること、全てのメカを運搬できるため、問題が発生した場合にすぐに対処できること、そして何日にも渡って停滞できることが主であった。さらに主要人物全員を乗せられることの重要性もあった。この船はまさに、動く月面基地としての完璧な機能を持っていた。


 新型船が現地に向かって静かに出発した。乗組員たちは重厚な21世紀の宇宙服に身を包み、すでに降下棒のスペースに待機していた。その前腕には数々の作業用メカが取り付けられ、まるでロボットのような風貌を呈していた。

 「ふー、しかしこの21世紀の宇宙服はごついな。よくこんな動きにくい服で作業できたな。少し今の技術で改良したほうがよかったんじゃないか。」

 シスが吐息混じりに愚痴を漏らす。

 「確かに、ごついな。でも、そのごつさのおかげで二重に宇宙服を着ることでハッチを破壊したときの思わぬ衝撃から身を守れる確率があがるし、ハッチの調査器具を取り付けるのにも丁度いい大きさだ。宇宙服の中にある冷却水や酸素、二酸化炭素、飲料水の管が調査器具にエネルギーを供給するのにちょうど良かったという利点もある。理にかなっていることが多かったから採用されたんだろ、仕方ないさ。それより、装備の再チェックをしよう。」

 ヴァーナが穏やかに答えた。


 減速の感覚すらないまま、突如アナウンスが入った。

 「ヴァーナ、シス、リカ、現在ハッチの上空200メートルで静止している。これから空気を抜き、扉を開く。天井から降下棒が下りてきた時、棒から横に伸びる取っ手に手と足をかけて、ハッチまで降りてくれ。30秒後に作戦開始だ。状況はモニターで監視しているし、気を楽に作業に集中して頑張ってくれ。」


 その指示に従い、3人は慎重にハッチへ降下していった。

 ヴァーナがハッチに降り立ったとき、真っ先に気づいたのは、自分がハッチから約20センチのところで浮いていることだった。何か透明なバリアのようなものがハッチをコーティングしているようだった。

 「何これ。透明なものがある。」

 リカもその異変に気づいた。シスもその現象を確認し、同意した。船からも確認が入った。

 「ハッチを守っているものがあるってことで間違いないか。パーツのNo.7をその何かに取り付けてみてくれないか。成分が調査できるかもしれない。」

 シスが応答し、No.7を起動した。彼の右前腕に取り付けられた器具が銃のホルスターのように回転を始め、細い棒が伸びて手の先で止まると先端部分が吸盤のように広がった。シスはその先端部分を足元の透明なものに慎重に当てた。

 すると、透明なバリアに触れた瞬間、シスは軽い振動を感じた。器具が透明な物質を吸い上げ、分析を開始する。

 シスの目の前に成分の結果が表示された。"二酸化ケイ素"の文字が浮かび上がる。

 「ツェッペリン、ガラスと出ているが、これは間違いではないか?」

 シスが驚きと疑念を交えて尋ねた。

 「今、調査中だ。しかし、物質が固すぎて正確な判定ができる最低量が抽出できないようだ。No.7の力では不十分なので、No.4のボーリングマシンで穴を掘ってみてくれ。削れた破片をNo.7で調査してみる。」

 船内からの応答があった。

 シスはNo.4で穴を掘ろうと試みたが、まったく手応えがなかった。ヴァーナとリカも他の器具を使って表面に傷をつけようとしたが、どれも空振りに終わった。

 「ハッチにさえ辿り着けないのか。他の場所も同じか試してみよう。」

 ヴァーナが提案した。

 3人はバラバラに広がり、各自の場所で調査を続けた。リカがハッチの中心辺りに近寄ると、何か動くものを見つけて近寄ってみた。それは近づくと見える不思議なもので、30センチほどの白い直方体が現れ、直径2メートルほどの円を描くように時計回りにゆっくりと回転して、再び消えるという動きを繰り返していた。

 リカはその動くものにさらに近寄りながら、シスとヴァーナに呼びかけた。

 「シス、ヴァーナ、何かがある。」

 シスとヴァーナが振り返った時、リカはハッチから白い剣山のような光に包まれたと思った瞬間に光と共に消えた。

 「リカ!」

 シスが叫んだが応答がない。

 「ツェッペリン、そちらからリカを確認できるか。」

 「いや、何の応答もない、リカが動くものがあると言っていたが、こちらからは何も確認できるものはなかったから、疑問に思っていた矢先にこうなった。そちらから動くものは見えているのか。」

 「何も見えないが、光が出た場所に行ってみる。」

 「こちらからは、その光も確認できていない。あまりにも奇怪な事が発生しているようだから、少し調べるので待ってくれ。」

 「カメラに何も写っていないのか。こちらからは、はっきりと確認できた。待っていても何も進まない、こういった状況も含めて今まで訓練してきた。行ってみる。ヴァーナも行くか。」

 「当たり前だ。リカを1人にできない、3人はいつも一緒だ。」

 ヴァーナとシスはリカが消えたハッチの中心に向かった。やがて、白い立方体が動いているのが見えてきた。

 「ツェッペリン、そちらから白く光る箱のようなものが回転しているが見えるか。」

 「君たちのカメラからも、船のカメラからも何も確認できない。2人がハッチの上を歩いている様子だけしか確認できない。」

 ヴァーナとシスが横に並び、一緒に動く何かに近づいていった。2人が回転の中心に立った時、立方体の回転速度が速くなり白い円となった瞬間、2人は、上下左右どこを見渡しても境界のない、真っ白な無の空間に立っていた。


 「3人の生命反応など確認できるか。」

 ツェッペリンが監視員に問う。

 「いいえ、何も確認できません。通信も完全に切断されています。」

 「なんてこった。」

「温度センサー、赤外線など全てにおいて反応ありません。3人とも完全に消失しました。」

 ツェッペリンは予想もしない展開で落ち着きを無くした口調で言った。

 「ひとまず、このまま待機して3人を待つ。今この時から120時間待機。監視員は4時間ごとに交代し、センサーから一時も目を離さないように、どんな些細な反応でもいい。何かあれば早急に知らせてくれ。」

 取り残された通信ケーブルを引き上げ、船はそのまま沈黙を続けた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

ついに3人は月の遺跡へと辿り着きました。

しかし、彼らを待っていたのは、人類の常識では説明できない現象でした。

白い光の先にあるものとは何なのか――。

次章から、物語はさらに核心へと進んでいきます。

今後も『ルナリアン』を楽しんで頂ければ幸いです。感想も頂ければ励みになります。

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