月へ
過酷な特殊訓練を乗り越えた三人は、ついに月へ向かう。
残る2つの訓練を難なくクリアした3人は、訓練施設を後にし、宇宙空港へ向かう時、教官や研究員たちが迎えの車の両側に整列して熱烈な見送りをしてくれた。
運転手が語りかけた。
「ここでは数多くの卒業生を迎えてきましたが、貴方たち3人のように全職員による見送りを受けるのは初めてです。私も人類代表としてお送りできることを、心より光栄に思います。」
宇宙空港は、バミューダトライアングルとして知られるフロリダ半島沖の海域に位置していた。海底に沈んでいる巨大な金属隕石の磁力が地球の磁場と反応して飛行機の計器類を狂わせたり、金属隕石が何らかの要因で付着した大量の有機物が海の成分と化学反応を起こしてメタンガスを発生させ、浮力が奪われた船が沈没したりしていた。そのような事故が二度と発生しないように、隕石の影響がある範囲を取り囲むように巨大な宇宙空港が建造された。
宇宙空港へはヘリ、または船を利用してアクセスする事が可能だが、今回3人はVIP用のホバーリムジンを利用しての上陸となった。フロリダ半島から時速500キロで海上を進むリムジンに乗り、約1時間で到着した。
リカが月面基地に向かう飛行船を眺めながらつぶやいた。
「あー、憧れの月にこれで行けるのね。」
雪のように白く輝くブーメラン型の機体。全幅200メートル、最も薄い翼端はわずか2メートル。まるで空を切り裂くナイフのようだった。これは世界最速の宇宙船であり、最大50人の乗客を月まで運ぶことができるが、今回は特別な貸し切りフライトで3人だけが搭乗する。
ホバーリムジンが宇宙飛行機の隣を通過し、ラウンジがあるビルの前で停止すると、多くの職員たちが整然と並んで迎えてくれた。運転手がドアを開けると、全身を白の礼装に身を包んだリーダーらしき人物が3人と握手し、語りかけた。
「フロリダ宇宙基地へようこそ。司令官のジャムです。長旅お疲れ様でした。今夜はここでお泊まりいただき、明日の朝9時に出発予定です。一流のシェフがディナーをご用意いたします。それまでに2時間ほどお時間があります。その間、宇宙基地の案内をさせていただければと思いますが、もし疲れていらっしゃるようでしたら、部屋でのんびり過ごされるのも構いません。ご希望がございましたら、すぐにお部屋へ案内させていただきます。どうぞお気軽にご指示ください。」
ヴァーナは案内を希望し、もう2人は部屋でのんびり過ごすことにした。
宇宙基地はほぼ正方形の形をしており、敷地は広大な300平方キロメートルだ。ここでは宇宙飛行機の離着陸だけでなく、宇宙の研究や衛星の製造、さらには宇宙飛行機の製造も行われており、宇宙関連の情報はすべてここに集約されていると言っても過言ではない。
ヴァーナは宇宙飛行機の歴史館や製造工場の案内を希望し、スタッフと共に20人乗りのリニア列車に乗って、ディナーまでの見学ツアーを楽しんだ。
ディナーではたった3人だけのためにコンサートやショーが開催され、彼らはひととき、仕事を忘れて心からディナーを楽しむことができた。ショーが終わった時、3人は立ち上がって拍手しながらステージに向かった。マイクを通して会場の皆に向けて、心から楽しい時間をありがとうと感謝の気持ちを述べた。それは彼らにとって人生最高のディナーのひとときであった。
翌日、最高の気分で夜明けと共に目覚めたヴァーナは寝たままの姿で屋上に向かった。雲1つない青空を眺めて、そして大きく息を吸い込み、吠えるように大きく叫び、燃える心を震わせた。
朝食は一人で静かにエッグサンドを食べ、キリマンジャロコーヒーを飲みながら、これが地球での最後の食事にならないように頑張ろうと自分に活を入れた。そうしていると、シスとリカも食堂に入ってきた。
「おはよう。ヴァーナ。」
ヴァーナは静かに頷いた。2人も静かに朝食を食べ始めた。3人は始終無言だったが、心で会話しているように通じ合っていた。3人の食事が終わって立ち上がった時、ヴァーナが3人の中心に右手の甲を出した、続いてリカが上に手を重ね、シスも続いた。ヴァーナが語る。
「しばらく地球を離れる事になる。帰ってきたら、まず3人だけで食事をする約束をしよう。」
「OK。いいわ。どこで食事するかは私に決めさせて。」
「リカに任せると何処かのビールバーになるが、OKとしよう。」
3人とも顔をほころばせて、準備の為に部屋に戻った。
「おはようございます。しっかり睡眠はとれましたか。今日から寝る時間もないほど多忙な時を過ごす事になると思われますが、気持ちを引き締めて、また地球人の誇りを忘れずに月で頑張ってください。地球人、全員からの思いです。月の遺跡から無事に戻った時は全世界に話を聞かせてあげてください。プレッシャーをかけるつもりはありませんが、それほど世界の誰もが異星人の遺跡に興奮と期待が込められています。是非ともご無事に帰還される事をお祈りいたします。では。全員敬礼。」
ジャム司令官の短くも重い応援の言葉を受けて、3人は宇宙飛行機に乗り込んだ。宇宙飛行機は全てAIによる操縦のため、パイロット、キャビンアテンダントも居ない。飛行前の注意事項の説明もないし、搭乗者も3人だけなので出発準備も早く終わった。3人が席に座った途端にアナウンスが始まった。
「月面基地行き、モノリス084にご搭乗頂きありがとうございます。本機は飛び立つと一気に加速を始め、カーマンラインに到達する頃には時速約6万キロに到達いたします。そのまま月に向かい、月に到着したら速度を落としながら月を5周して、月面基地に着陸いたします。搭乗時間は5時間5分を予定しています。座席に備えているモニターで食べ物、飲み物の注文が行えます。モノリス084から見える外の景色を楽しむ事もできます。また映画などの娯楽を楽しむ事も可能です。大気圏内の加速中に気流の関係でGを感じる場合があります。気分が悪くなった時、また体調が優れない時は、ドクターモードをご利用ください。それでは楽しいフライトをお楽しみください。」
アナウンスが始まっている時には既に離陸しており、モニターで飛び立つ瞬間の様子は確認できなかった。
「これで飛び立つ瞬間が見られないなんて詐欺みたいだな。」
とシスがぼそぼそ呟きながら、大気圏を脱出するまでの様子をみていたが、見えるのは大気中を切って進む真っ白な景色かと思ったら、真っ赤に染まり、少しすると真っ黒の宇宙空間だった。何の面白味もない5分程度の経験だったが、ここでしか見られない貴重な体験と自分に言い聞かせるシスであった。宇宙に出ると飲み物の注文が行えるようになったので、コーヒーを飲んで気分を落ち着かせた。
リカは始めからリラックスモードの南国設定にしていた。ハワイのワイキキビーチで夜の星空を眺めながらハワイアン音楽をゆったりと聞く、眠気を誘う最高のモードだった。
ヴァーナは世界の絶景というドキュメント番組を見て、自分の知らない美しい世界に浸って時間を過ごしていた。その中で日本の高野山の番組で、自分が暗闇訓練で習得した”無”と同じような事を高野山の和尚が話をしていた。日本では”悟りを開く”と言われる事を知った。この時、必ず無事に地球に戻り、高野山の和尚と話をすると決心したのであった。
モニターの隅には、宇宙飛行機から見える地球と月の映像が常に映し出されていた。地球は次第に小さくなり、反対に月はゆっくりと巨大さを増していく。3人は、その光景を静かに見入っていた。
やがて3人は月面基地に到着した。眼下に灰色の大地が広がり、巨大なドームが月面に張り付いていた。
「着いたな。」
とヴァーナが呟いた。そして扉が開く音がした。3人は一世一代の大仕事にとりかかろうとしていた。
第三章を読んでいただき、ありがとうございます。
この章では、地球を旅立つ前の静かな時間と、月へ向かう高揚感を描きました。
仲間との絆や、それぞれが抱える覚悟を少しでも感じていただけたなら嬉しいです。
次章から、いよいよ月面基地での生活と調査が始まります。
月の裏側に隠された謎へ、物語はさらに踏み込んでいきます。




