南極の箱舟
ルナリアンとの会談によって、人類は三年後の滅亡という現実を突きつけられた。
世界が混乱と絶望に包まれる中、ヴァーナたちは再びルナリアンとの対話に望みを託すことになる。
束の間の休息を与えられたヴァーナが訪れた世界遺産の地で、思いもよらない再会が待っていた。
ヴァーナはあの絶望的な出来事の後、わずか3時間の睡眠しか取れないほど忙しい日々を送っていた。しかし、3人によるルナリアンとの再交渉を行う事が決まったことで、ようやく一週間の休息を与えられた。その間、彼は世界遺産を巡る旅に出た。
休息の三日目、ペルーのマチュピチュ。ヴァーナは夜空の観測を理由に特別な許可を得て一晩テントで過ごした。まだ観光客が訪れる前の早朝6時、テントを片づけていると、誰もいないはずの場所で、自分の名前を呼ぶ優しい声が響いた。
「おはよう、ヴァーナ。」
振り返ると、スウィフが静かに立っていた。
「えぇ……何で君がここに?」
ヴァーナは驚き、問いかける。スウィフは申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「あの時のことを伝えないといけないと思ってね。総括があんなことを言い出すとは思わなかった。あれはビトルズ族だけで決めたことなの。あの後でロリンズ族の統括ジヤと一緒に総括レノに話をしに行った。状況は何も変わっていないけどね。」
ヴァーナはスウィフの言葉よりも、彼女がマチュピチュにいることの方が気にかかった。
「スウィフ、どうやって俺がここにいることを知ったの?それに、どうやってここに来たんだ?」
スウィフは自然な態度で答えた。
「量子変換装置は少し離れると会話はできないけど、地球人が使うGPSセンサーのような位置を特定するものは機能する。地球ほどの小さな惑星なら、ヴァーナが地球上のどこにいるのか一目瞭然。ヴァーナからは私の場所を探ることはできないけどね。あと、ここには探査機で来たのよ。あそこにあるわ。」
スウィフが指差す方向には何も見えなかったが、ヴァーナはとりあえず頷いた。次にスウィフが問いかけた。
「シスとリカは二人で行動しているみたいだけど、どうしてヴァーナは一人で行動しているの?」
ヴァーナは軽く微笑んで答えた。
「リカは男っぽい性格だけど、根は優しい女の子だ。シスは一人で行動するのが苦手だから、リカがしっかりサポートしてくれている。サポートと言っても一緒に行動するだけだけどね。2人は友達以上、恋人未満のような関係でお互いを親友として分かり合えている良い関係だよ。それで俺は、3年後には地下に潜って生活することになる……どこまで準備できるか分からないけど。まぁ、今のうちに破壊される前に世界遺産を目に焼き付けようと思ってね。2人は世界遺産に興味がないようだから1人でココに来ているってわけさ。」
スウィフは少し理解できない様子を見せながらも、軽く頷いて言った。
「なるほど。世界遺産を楽しんでいるところ悪いけど、私と一緒に来てもらえる?」
ヴァーナは急な展開に戸惑いながら尋ねた。
「なんだい急に?何か急ぎの用事でもできたの?また月に呼ばれたとか?」
「違うわ。南極でヴァーナに見てもらいたいものがあるから迎えに来たのよ。」
「はっ?……南極?」
ヴァーナは荷物をまとめて、スウィフが指差していた方向に歩き出した。少し進むとスウィフが立ち止って振り返って言った。
「びっくりしないでね。」
その瞬間、ヴァーナの体はエスカレーターに乗っているかのように宙を進み始めた。下は崖っぷちだ。ヴァーナは下を見ないように10メートルほど進むと、前を進むスウィフは頭から景色に溶け込むように消えていく様子に驚愕しつつ、やがてヴァーナ自身も姿を消した。
消えた先には、探査機の内部が現れた。ビスティの部屋に似て、天井も壁も床も真っ白な空間だった。スウィフが静かに座って言った。
「ヴァーナも座って。」
ヴァーナは恐る恐る腰を曲げたが、自然と優しく体が包み込まれるような感覚がして、椅子に座ったような姿勢になった。彼が座ると同時に上下左右の白い空間は透明化して外の景色に変わり、探査機が急速度で動き出した。ヴァーナは驚きのあまり声を出せなかった。加速度も振動も一切感じない。ただ、景色があまりにも早く流れていくため、彼の動体視力では流れる色しか見えなかった。
やがて、10分ほど経過したころ、周囲の流れる色が白くなったと思ったら探査機は急停止した。眼前には雪と氷の世界が広がり、今度はゆっくりと下降していく、氷の地面をすり抜けるように、さらに地下へと進んでいった。ヴァーナは呟く。
「まさか……南米から南極まで、たった10分?」
スウィフは口元に小さな笑みを浮かべた。
大小様々な大きさや形の探査機が囲碁の盤上の駒のように正確に並んでいるのが見える。そして、自分たちの探査機もその一角に静かに着陸した。ヴァーナが立ち上がると、白い空間に元に戻り、外へと続く出口がすでに口を開いて待っていた。
スウィフの後に続いて外に出ると、そこではレチリたちが忙しそうに働いていた。ヴァーナが地面に足を踏みしめると、床がまるで生き物のように浮かび上がり、スウィフの後を追って流れるように進んだ。スウィフはこの探査機の発着場の説明をしていたが、ヴァーナはその超広大なスペースに圧倒され、彼女の話は耳を素通りしていった。
次々と案内される各スペースの説明の中で、ヴァーナが最も驚愕したのは、地球上に存在した5億種以上の水陸の動物たちが、今にも動き出しそうなほどリアルに展示されている場所だった。スウィフによると、これらの動物はいつでも再び動ける状態にあり、遺伝子情報も保存されているため、生体構築することも可能だという。一体どのようにしてこれらを保存しているのか、その技術は人間の理解を超えていた。ビスティでは、外宇宙で出会った動物たちの遺伝子も保存していると話していた。
ヴァーナはふとスウィフに問いかけた。
「スウィフ、見せたいと言っていたのは、これらのスペースのことか?」
スウィフは穏やかに頷いた。
「そう。まずは、ここの広さを実感してもらいたかったのよ。」
ヴァーナは感嘆の声を漏らす。
「実感しているよ。これだけの空間をどうやって造ったのか、想像もつかない。ここは本当に南極なのかい?」
スウィフは微笑み、続けた。
「間違いなくここは南極よ。この施設の地下1階は探査機や資源、研究施設の区画。地下2階は生物保存区画、まだ見ていない部屋が300個ほどあるけどね。そして、そのさらに下には――40階分もの空白スペースが広がっている。この拠点をココに固定すると決めた時から、ビスティ族やロリンズ族が地球に移った時を想定し、細菌を駆除できるまでの退避スペースとして拡張し始めたのよ。」
ヴァーナの頭に新たな疑問が浮かんだ。
「じゃ、固定する以前は、このデカそうな施設が動いていたってこと?」
スウィフは静かにうなずき、過去の出来事を語り出した。
「そう、以前はこの施設は動いたの。マッカートが地球を調査する拠点として作り上げた。地上の状況を把握するために、大西洋の中央あたりに浮かび、地上の人間たちの様子を見守っていた。
でも、人間の数が増えてくると、マッカート率いる地球人育成チームは、人口が多かったエジプトへと移動して人間の指導に集中することになった。そして、この船は隠した方が良いと判断して、この施設の地上に住んでいた孤島慣れしていた全員を、今の日本に移住させて、南極へと移動させたの。その船がこの施設。1万年以上も前のことね。」
ヴァーナは思い当たり、さらに質問を続けた。
「この施設の地上にいた人間たちは、自然豊かな環境で神殿などを建造して住んでいたの?」
スウィフは一瞬目を細め、答えた。
「そうね。彼らには木を複雑に組み上げる建築技術や農耕技術も教えた。教えるとさまざまな建造物を自らの手で創り上げていった。今はもうそれらの建造物は失われて見ることはできないけど、当時の他の人類文明とは比較にならないほど高度な建造物が築かれていたようよ。」
「それって、アトランティ……」
スウィフが手のひらをかざしてヴァーナの喋りを制した。
「ヴァーナ、それよりもここからが大事!地球人への提案があるわ。見てもらった通り、ここは人間が住むには十分な広さがある。もともとビトルズ族も住めることを前提に構築された場所だから高さも十分あるから、人間が住める30階ほどのビルも余裕で建造できる。
この階より下のスペースを3年で人間が住める環境に改築するのはどう。スペースの使い方次第では、余裕で90億人が住める場所を作ることができるはず。足りなければ、さらに地下にスペースを増築すればいい。オリハルコンはまだ豊富に残っているし、足りなくなったとしても、ビスティには十分な備蓄があるから安心してね。
これらの事はロリンズ族の代表達と相談して地球人をサポートしようと決めた事。しかし、地球人が手助けは不要というなら、この提案はなかったことにするつもり。どうかな?」
突拍子もない提案だった。
だが、目の前に広がる果てしない空間を見れば、それが決して夢物語ではないことだけは理解できた。ヴァーナは言葉を失ったまま、ただ南極の地下に広がる人類の未来を見つめていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、絶望的な状況の中で初めて具体的な希望が示される章となりました。
これまで謎に包まれていたルナリアンの施設や技術、そしてスウィフたちロリンズ族の考え方にも少し触れることができました。レノたちが地球人を見限ろうとする一方で、救おうと動く者たちも存在しています。
果たして人類はこの提案を受け入れるのか。そして三年後の運命を変えることができるのか。
今後も『ルナリアン』を楽しんで頂ければ幸いです。感想も頂ければ励みになります。




