黒蜜酒
森を抜けた先に、
小さな宿があった。
酒場というより、
街道の休憩所だ。
屋根は低く、
看板も古い。
だが、
灯りはついている。
扉を押すと、
中には五人ほどいた。
旅人と兵士。
それと、
大きな袋を抱えた商人。
スイが足元で揺れる。
色は落ち着いた青だ。
店主がこちらを見る。
「飲むか」
「飲みます」
席に座ると、
木の杯が置かれた。
だが、
中身はいつもの酒じゃない。
黒い。
濃い蜂蜜のような色だ。
「何ですか」
聞くと、
店主は少し肩をすくめた。
「分からん」
嫌な答えだ。
「商人が持ってきた」
その商人が
こちらを見て笑う。
「魔族の酒らしい」
酒場が少し静かになる。
「魔王軍か」
兵士が言う。
商人は頷いた。
「戦場の近くで拾った」
拾うな。
杯を持ち上げる。
匂いは甘い。
だが、奥に苦味がある。
一口。
重い。
蜂蜜酒に似ているが、
もっと粘る。
「黒蜜酒」
商人が言う。
「向こうじゃそう呼ぶらしい」
「飲めるのか」
兵士が聞く。
「俺は生きてる」
それで十分らしい。
もう一口飲む。
確かに酒だ。
だが、
いつもの酒とは違う。
甘さが
舌に長く残る。
スイが、
床の一滴を触る。
色が少し濃くなる。
「それも飲むのか」
商人が笑う。
「たぶん」
商人は杯を揺らす。
「魔族の連中は
甘い酒が好きらしい」
「本当か」
「知らん」
正直だった。
だが、
この酒は確かに甘い。
兵士が言う。
「勇者が来る前は
あいつらがこの辺にいた」
「魔族ですか」
「そうだ」
兵士は酒を飲む。
「今は見ない」
勇者の影響かもしれない。
それとも、
ただ移動しただけか。
黒蜜酒を飲み干す。
重い酒だ。
だが、
悪くない。
店主が聞く。
「どうだ」
「甘いですね」
店主は笑う。
「魔族の舌だな」
外では
南風が吹いている。
勇者は
まだその先にいる。
だが、
魔王の影も
ちゃんと残っていた。
スイが揺れる。
色は
少しだけ深い青だった。




