閑話 【わたし】の始まり
わたしの記憶は六才からしかない。ううん、【わたし】が生まれたのが六才だった。わたしは【祷】として名付けられたときに、初めて生まれたの。
わたしの住む場所はいつも暗くて、お日さまの当たらないところ。わたしは【祷】になるまでずっと、お腹がすいていた。
ごはんは死なない程度に与えられて、たまに三日放置された。だから理性なんて残ってないし、獣のままで生きるのとが楽なときだってある。
ずぅっとこんな風に生きるぐらいなら、いっそ死んで楽になりたいって、ごはんを食べおわったら思ってた。でもお腹がすくとむしょうに『生』へのかつぼうがしこうを支配して、自分が自分じゃなくなったの。
そんな文字通りのじごくが明けたのは六才のとき、ハクとの出会いからだった。
あの日、ようやくごはんの時間だと思って入ってきたにんげんを見ると、いつもの服やにおいをしてないにんげんがいた。
にんげん、ハクは死んだにんげんだった。初めてハクを見たとき、屍者のにおいがした。
イヤなにおいをたくさんするにんげんとハクは何か話して、ハクは怒って二人してそのまま出ていった。わたしはそれからごはんをもらえず、お腹がすいてすいて、今度こそばかりはほんとうに死をかくごした。
だけど意識がもうろうとしていた時、ハクがとびらを開けてごはんをくれた。
最長の四日ぶりのごはんにむしゃぶりついて、ハクはいつの間にかきえていた。それから次の日も、その次の日もごはんをくれた。
他のにんげんもたくイヤなにおいがしないハクに少しずつ気をゆるし、まったく食べてなさそうなハクにごはんをゆずろうとしたこともある。
だけどその時は顔をそむけられた。ハクは「食べろ」しか言わないものだから、当時のわたしはそれがふしぎでずっと連呼していた。
それに嫌気がさしたハクはそれからわたしに言葉をおしえるようになったけど、未だおもいだしても笑ってしまう。
その時期に【祷】という名をもらって、ようやくにんげんとしてわたしも生まれることができたのだ。
ハクはそれから『本』という物を持ってきてくれて、ハクが帰ってしまうとわたしは本を読んだ。一人が寂しくなってしまったわたしに、本は新しいともだちだった。本のおかげで言葉も早く覚えれた。ハクとの会話もふえた。
最初はおとなに見えたハクだけど、わたし以上に本にのめり込むすがたに同じ年のこどもに見えたのは仕方ない。
ずっと同じ時間を過ごしてると、ハクのことが少しずつ分かってきた。
ハクは不完全なままおとなになったこどもだ。わたしみたいに頼りになるおとなはいない、愛され方を知らないから下手な好意もむやみに受けとることのできない不器用な、こども。
ハクは可笑しなおとなだ。本をいっしょに読むときは同じこどもなのに、わたしが新しい言葉を話すとふと、おとなの顔をする。それがどこか安心できて、そんなハクがわたしは大好きだった。
だからたまに淋しい顔をすると、わたしの胸もきゅぅうとしめつけられる。
自分じゃどうしようもなくて、こんな『いたみ』はハクと出会う前はなかった。




