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17話 死と不思議な地下空間

 俺が答えるとアライグマは足を止めた。同様に俺や後ろにいたキツネたちも立ち止まる。何か気に入らないことを言ってしまったのだろうか。俺はアライグマの静かな顔を覗き込む。


 すると、アライグマがくるりとこちらを振り向いて言った。「ここだ」

「えっ」


 彼が俺を避けて巨大樹の方へ歩み寄る。そして、太い幹の表皮に前足を触れた。すると、触れたところが扉のように大樹の内側に向かって開く。


「木の皮でカモフラージュされた、地下へ続く扉だ」扉が完全に開くと、アライグマはこちらに振り向いて言った。扉の奥には梯子(はしご)の頭が見えている。

「どうしてこんな隠し扉の存在を知っているんだ?」扉は近くで見てもわからないくらい完璧に擬態させられている。誰かに教えられない限り、扉に気付くことは不可能だろう。

「昔の仲間が知っていたのだ」アライグマは昔の記憶を思い起こすように力を抜いて答えた。「リントが来たとき、オレと一緒にいた動物だ」

「その動物は今はどこに?」

「知らないな。いつの間にかいなくなっていた。きっとオンボロ川に流れてどこか別の場所へ行ったのだろう」

「聞いちゃまずいかもしれないけれど……、死んだっていうこと?」

「……シンダ? それはどういうことだ」アライグマは俺の〈死んだ〉という言葉の意味を理解していないようだ。


 死の概念がないのか。そういえば、生きることの概念はあっても、生まれることの概念はなかった。気付いたときには既に生まれており、気付いたときには既に死んでいる。しかし、死んでしまえば気付くことすらできない。他の動物たちにとってさえも、〈いなくなる〉という認識でしかない。――俺はこのことについて考えるのをやめた。なんともいえない不快感に襲われたのである。もしかしたら、死ぬことに恐怖しているのは俺らの生きている世界の住民だけなのかもしれない。


「まあいい、時間がない。ルカ、頼んだぞ」アライグマの瞳には頼もしい荘厳さが戻っていた。



 俺は若干の不安を抱きつつ大樹の中に入ると、今までに感じたことがないくらい落ち着く木の香りが鼻こうを通過した。中は円の形をとっており、天井はドーム状になっている。直径は俺が両腕を水平に広げたより少し長いくらいで、天井までの高さは、おそらく俺の身長の二倍程度だろう。梯子は鉄のパイプで出来ていた。表面は錆びついてざらざらしている。――明らかに人工物だ。何かアンビバレンスな感じがして結局不快だ。俺は梯子のことについて考えないようにした。


 梯子に手と足をかける。コンッと、金属特有の響く音は聞こえるも、周りの木の壁が音を吸収するので、狭所にも関わらず、あたかも広大な空間をゆっくりゆっくり降りているような感覚に陥った。そのおかげか、入る瞬間に感じた不安は降りているうちに消えていった。


 しばらくすると、やや冷ややかな空気を肌で感じた。これまでは木のぬくもりで穏やかな気持ちを保っていたが、地下の空気で俺の筋肉に緊張が現れてくる。次第に下から音が響いてくるのも聞こえ、ここが狭い木の中だと改めて実感させられた。そして不安も再び顔に現れてくる。


 ようやく、周りの風景が近い木の壁から広くほの明るい空間に変わった。地下に到達したのである。地下空間は根っこ広場半分くらいの広さで、壁や天井には、いたるところに様々な大きさの穴が開いている。これがアライグマの「穴はすべて地下の祭壇のある場所につながっている」という言葉の意味だろう。数ある穴の中には水が流れ出ているものもあり、地下空間の地表には四、五個の水たまりができていた。また、青白く発光する不思議な石が地面に群集して転がっており、その光が水たまりに反射され、この空間を幻想的なものに仕立て上げている。


 地下空間の地面に足を降ろした。ここには人間界でいう祭壇らしきものはなかったが、祭壇を示すものは一目でわかった。空間の中央に、天井から生える根っこのようなものが、まさしく物を祀るための形をとっていた。そして、虹の水晶もすぐに見つかった。俺は水晶を水たまりの中から拾い上げる。水晶は幸運にもそこそこ深い水たまりの中に落ちたらしく、傷一つ付いていなかった。捧げる物として文句ない状態だ。


 そういえば、地上はまだ無事だろうか。ここまで降りるのにずいぶんと時間がかかったが、もう手遅れではないだろうか。そもそも、水晶を捧げれば石化した動物たちは元に戻るのだろうか。言い伝えがあるからには草木は元に戻ったと思われるが、動物に関してはよくわからない。しかし、考えていても仕方がない。あとは水晶を祭壇に捧げるだけだ。


 俺は祭壇に歩み寄る。そして、慎重に虹色に光る水晶を不思議な形をした根っこの祭壇上に置いた。


 すると、水晶が一筋の閃光を発したのち、より一層強く虹色に輝きだした。たちまち光は地下空間を満たし、気付けば、俺はまた夢のような映像を見ていた。


 始めはぼんやりとしていてよく見えなかったが、徐々にはっきりと映像が見えてきた。中央にある人の顔写真、周りには多くの白い花が飾られている。――菊の花だ。そうして、俺はその光景が何を意味するのかを理解した。

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