16話 『大切』
暗く静まり返った根っこ広場。つい先の騒動に直面した者たちは、情報を整理するために、中央の巨大樹の傍に集合していた。
「よくオンボロ橋を渡ってきてくれたね、クマ君」改めて謝罪するようにキツネが言った。
「橋を渡れたのはキツネ君のおかげだよ」クマはキツネを恨むどころか、むしろ過去の出来事を意に介していない様子だった。「君からの苦言がなければ、ボクは渡ることができなかった」
そのやり取りを見ていたアライグマは口を挟む。「キツネ、クマ、一体お前たちの間で何があったんだ? あの怖がりのクマが今にも壊れそうなオンボロ橋を渡ってくるだなんて、目の前にいるのにも関わらず信じがたい」
アライグマの言葉にリスとヘビも同意するようにうなずく。
キツネとクマは一度浅く探るような顔で見合わせた。そしてクマの方が説明しだした。
「ボクはキツネ君から見放されたんだ。――自分じゃどうしようもないから、自分のことは自分でなんとかしろ――ってね」
キツネはそれを聞いて慌てた。「ちょっと、僕はそんなキツイこと言っていないじゃないか!」
「わかってるよ、キツネ君。ちょっと簡潔に言い過ぎたね」クマはキツネをなだめようとするも、失笑してしまう。「ボクは不思議なことに、キツネ君の言ったことを一言一句も忘れずに覚えているよ。キツネ君はボクにこう言ったんだ。『生きていれば、どうしても他者から助けてもらえないという絶望的な状況に陥ることがある。そこに善意があろうがなかろうがね。今君はまさにその状況に陥っているんだ。つまり、僕は直接君を助けることはできない。ただ、君に勇気を与えることしかできないんだ』とね」
アライグマをはじめにリスとヘビは呆気にとられていた。ただし、リスとヘビはアホみたいな面だったが、アライグマだけは真剣な表情をしていた。
「それでも十分キツイ言葉だと思うが……」貫禄ある動物が腑に落ちない様子でつぶやく。
「そうだで、あれは完全に見捨ててたで」
「畜生じゃ」
その他の小さい二匹は口々に言う。
クマは二匹の言葉には気にも留めず、アライグマのつぶやきだけを肯定するようにうなずいた。「そう、言われた直後は絶望したよ。だけど、キツネ君がそう言うことしかできなかったってことはすぐに理解できた。そして、ボクはキツネ君の言葉の一部を心の中で反芻した。『勇気を与えることしかできない』と」クマは言葉を切る。「そこからボクは二つの選択肢しかなかった。勇気を出して危険に足を踏み込むか、勇気を出さずに動かない存在となるか。ボクは前者を選んだ。どうせ動けなくなるなら、少しの希望にすがろうと思って」
依然としてリスとヘビはクマの言っていることを理解していない様子だった。アライグマでさえも、半ば腑に落ちていないようだ。
「キツネの言葉だけがお前の勇気を奮いだたせたとは考えがたいが、一つ確かなことがある。お前の奥底に眠っていた勇気が、このニンゲンを救ったということだ」アライグマはクマから俺に視線を移す。「ところでニンゲン、いや、ルカといったか。お前はどうしてここにいるのだ」
突然の問いに俺はたじろぐ。「俺? 俺は、荒廃していく逆さ虹の森を救うために虹の水晶を根っこ広場の地下に……」
「……以前ニンゲンがやって来た同じというわけか」とアライグマがつぶやく。
そこへ、空高くを飛んでいたコマドリが俺らの輪の中に急降下してきた。
「ラララ~♪ 荒廃がすぐそこまで来ている~♪ 時間がもうない~♪」コマドリの歌は剣の舞のように慌ただしい。
「しまった!」そこでリスが声を上げた。「さっきの騒ぎの中で、水晶を穴の中に落としてしまったで!」
「なんだって!」俺は自分の頭を抱えたくなった。あともう少しのところで水晶を失ってしまうだなんて。それも最悪のタイミング。
「落胆する必要はない」俺の感情には反して、アライグマは落ち着いた態度で言った。「根っこ広場にある穴はすべて地下の祭壇のある場所につながっている」
俺はなんだか損した気分がした。
俺はアライグマに地下に通じる道を案内してもらうことになった。アライグマは俺を連れて、巨大樹の周りを歩き始める。少し離れた後ろにはキツネやリスたちがついてきている。
アライグマは後ろの皆に聞こえないくらいの声で俺にこう囁いた。「ルカ、以前オレはニンゲンに出会ったことがある」
「えっ」この森にやって来てから聞いた人間に関する話はすべて言い伝えという形をとっていたが、ここにきて初めて実際に出会ったと言う動物が現れた。
「そいつはリントという男だった。そして、お前はリントによく似ている」
「そりゃ、同じ人間だから他の動物にはそう見えると思うよ」
「そういう意味じゃない」強い意志を感じさせる語調だ。「お前がヘビを助けようと、自らの危険を顧みず、嘘を言ったという行動がリントに似ていたと言っているのだ」
俺は返す言葉を探したが、見当たらなかった。
「リントはオレにこう言った。『大切なものは守ってやらなければならない』と。お前にとって、あのヘビは大切な存在だったか。それとも、オレの思う『大切』の意味が少し違うのか」
俺は長らく黙っていた。そして、十数歩進んだところでようやく口に出した。「『生命』あるものはすべて大切だと思うよ」




