15話 思わぬ救世主
激しく動き回る木の根っこに飛び移ったアライグマは、意識の朦朧としているルカに怒鳴り散らすように語りかけた。「ニンゲン、聞こえているか! 聞こえているなら『ヘビは小さき者を傷付けようとした』と言え! そうすれば根っこは鎮まる!」
しかし、ルカには言葉を発する力が残されていなかった。アライグマの言うことは聞こえていたが、うまく喋ることができなかったのである。
「くそっ!」アライグマは毒づいた。
「僕はタヌキだ!」下の方から突拍子もないセリフが聞こえてきた。
アライグマが下方を見やると、キツネが根っこに追われながら、ものすごい勢いでこちらに走ってきているのが見えた。
「ばっ、馬鹿者! 嘘つきを増やしてどうする!」そう言った瞬間、アライグマはキツネの意図に気付いた。「ヘビ、すぐにここから降りるぞ」
宣言してからの行動は迅速だった。アライグマがヘビの首を再び掴み、地面に飛び降りる。それと同時にキツネがサバンナの狩猟動物のように跳躍し、ルカを捕まえている根っこに飛び移る。そして素早くその裏に回り、またも地面に降り立った。すると、キツネを追いかけていた根っこと、ルカを捕まえている根っことが、凄まじく重い音を立てて衝突する。その衝撃で絡みつかれていたルカが宙に投げ出された。
「まずい!」キツネが叫ぶ。根っこ同士をぶつけて、ルカの拘束を緩めるのがキツネの考えだったが、ルカが宙に放り出されることは予想していなかった。このままではルカが地面に叩きつけられてしまう。しかし、キツネの目の前では衝突した根っこたちが津波のように波打っている。彼は苦心した。ルカ君の落下地点は根っこの向こう側だ。コマドリを呼んでもニンゲンほどの重さを掴んで飛ぶことはできないし、根っこを廻っても、下をかいくぐっても間に合わない――!
一方アライグマはヘビを解放し、ルカの落下地点に向かって駆け出していた。しかし、間に合わないことは明らかだった。それでも彼は走る。何もしないよりは無駄でも何かした方がいいというのが彼の考えだった。
そのとき、怒涛のように走りくる足音が聞こえてきた。とても体の大きい動物の足音だ。その動物の姿をリスは目撃していた。茶色の体毛、屈強な体躯、すべてを投げ飛ばせそうな腕――。リスは瞠目する。彼にとってその動物がここにいることが信じられなかった。現れた動物は現在根っこ広場にいる誰よりも速かった。彼はルカが地面に叩きつけられる寸前で落下地点に滑り込み、クッションのようにルカを優しく受け止める。
しかし、根っこは間髪入れずルカに向かって襲いかかる。そこでようやくアライグマがルカの元にたどり着いた。
「ニンゲン、しっかりしろ! 嘘を取り消すんだ!」唾がルカの顔にかかる。
*
――アライグマの顔が目の前にある。だけど、だんだん視界は暗くなっていく。そして、あっという間に何も見えなくなった。しかし、すぐに明るい光景が、ぼんやりとだが浮かび上がってきた。目の前にはアライグマではなく、こちらを見つめる女性がいた。誰だろう。母の顔ではない。カールされた栗色の髪に、丸くかわいらしい瞳、満面には希望を感じさせる笑みが浮かんでいる。
「ねぇ、ルカ」女性が話しかけてくる。
「ん、何?」勝手に俺が返事をした。どうやらこれは回想のようだ。走馬灯かもしれない。
「もし、私に何かあったら、助けてくれる?」
「もちろん」俺は自信に満ち溢れた声で応える。
「本当に?」
「ああ、父さんに誓ってね」
「ルカのお父さん?」彼女は拍子抜けしたような顔をする。「ルカのお父さんって、どういう人だったの?」
「母さんと俺を守ってくれる人だよ」
「父というのはそういうものよ」
「だけど難しいことだ」
「……ルカのお父さんは立派な人だったのね」
「ああ、今もね」
そこで俺はぱっと目を開いた。目の前にはやはりアライグマの顔と、すぐそこまで差し迫る根っこがあった。
「ヘビはリスを襲おうとした!」俺はとっさにそう叫ぶ。
すると、根っこの動きがぴたりと止まり、今度はキツネの方へ向かっていく。
「僕はタヌキじゃない」キツネは落ち着いて言った。同様に根っこが動きを止め、今度はどこに向かうでもなく、するすると地中に戻っていった。
そうして、ようやく根っこ広場に静寂が帰ってきた。しかし、その場にいた者たちは例外なく息を切らしていた。
「まったく、余計なことをしおって……」アライグマが息をつく。「それにしても、まさか臆病者のお前があのオンボロ橋を渡ってくるとはな」
「キツネ君のおかげだよ」と俺の下にいるでかい何かが言った。「そうだよね、キツネ君」
俺は下の動物の言葉に従ってキツネの方を見た。キツネは驚きとも安堵ともいえない表情をしていた。そしてこう言った。「うん、本当に申し訳ないことを言ったね」ばつが悪い顔をする。「ごめんね、クマ君」




