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13話 『小さき者を傷付けてはいけない』

「こっちに来い」アライグマは低い声を静かに響かせ、俺らに背を向ける。そして、元々俺らの進んでいた方向へ厳粛な足取りで歩き出した。


 俺らはアライグマに言われた通り、彼の後ろに続いた。俺はゴクリと固唾を呑んだ。額に少量の汗が滲んでいるのを感じる。自分の胸の鼓動がはっきり聞こえる。アライグマは絶えず、瞬きすることさえも許さないと言わんばかりの威圧感を与えていた。おそらく、根っこ広場へ向かうのだろう。そしてヘビを裁くつもりなのだ。ただ全身の垢が抜け落ちるまで池で洗われるだけらしいが。また、リスも依然として同じような様子だった。


 肝心のヘビは失神寸前のように見えた。体全体をびくびくと震わせ、今にも白目をむいて倒れてしまいそうだ。それでもなお、ヘビは俺らと共にアライグマに続いた。将軍の言うことは絶対らしい。


 一方でキツネはやはり落ち着いていた。彼の歩く様子からは恐怖や焦りの感情など微塵も感じられない。まるで、すべて想定内といった様子だ。



 しばらく歩きもしないうちに目的地に到着した。いや、実はそれは錯覚で、ずっとアライグマに意識を取られていたせいかもしれない。とにかく、あっという間に根っこ広場に着いた。


「ヘビ、来い」将軍が振り返り、鋭く重い眼差しをヘビに向けた。そして、視線を上げ、俺らを見た。「お前たちは離れていろ」


 アライグマの静かなる覇気に俺は硬直した。しかし、気付いたときには俺は後退していた。根っこに足が引っかかって尻餅をついてしまう。やや体が斜めに傾いたとき、アライグマに一点集中していた視線が、一気に根っこ広場全体に広がった。


 広場は思っていたよりもずっと暗かった。周りには幹の太い木が何本も立ち並んでおり、それらの枝葉が天から降り注ぐ光を遮っているのだ。そのせいで、木と木の間の先はほとんど闇で見えない。足場は土よりも根っこの割合の方が高いようだった。太い木の根っこが何重にも絡まりあい、現実には考えられない異様な光景を作り出していた。きっとここで追いかけっこでもすれば、参加者全員が転んでけがをしてしまうだろう。そして何よりも存在感を放っていたのが、広場中央にそびえる巨大樹だった。それから感じられる生命力の強さはとてつもなく、広場に広がる枝葉と根っこの半分以上はこの巨大樹のものだと言っても過言ではないだろう。


「ルカ君、大丈夫?」キツネが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「うん、大丈夫だよ」立ち上がって服に付いた土や葉っぱを払い落とす。アライグマから目を離すだけで、だいぶ緊張が解けるようだ。見た者の自由を奪ってしまうとは、恐ろしい力を持った動物である。

「これからヘビ君に対する尋問が開始されるんだと思う。根っこが暴れだしたら危ないから、早く離れよう」


「そうだね……、あれ、リス君は?」俺は周りにリスの姿がないことに気付いた。キツネの背中に乗っているわけでもないし、どこに行ったんだろう。

「リス君ならあそこにいるよ」キツネは広場の中央から離れたところを前足で示した。


 その先には岩陰からひょっこりと顔を出し、がくがくと震えているリスがいた。なんて危機回避行動が迅速なんだ。アライグマには潜在能力を引き出す能力もあるのかもしれない。


 俺とキツネはリスのところへ移動し、岩の陰からアライグマとヘビのやり取りを見守ることにした。岩に手を触れると、それには苔が生してあり、ひんやりと冷たかった。


「あのアライグマ、尋常でないオーラをはなってるで……。一言も喋ることができなかったで」とリスが自分の足元を見て言った。リスは足元に虹の水晶を置いていた。


 確かにアライグマと遭遇した瞬間から今までリスは何も言葉を発しなかった。いつもは口達者なリスにとっては異常なことだ。


 アライグマとヘビは重い雰囲気の中、閑として対峙していた。ヘビの顔は見えないが、アライグマの顔ははっきりと見える。その表情は出会ったときと変わらず、荘厳なるものだった。耳を澄ますと、なんとか二匹の会話が聞き取れる。


「ヘビ、お前がオレの一派に入ったのはいつだったか」アライグマが尋ねた。

「ワ、ワイがこの森にやって来たときじゃ……」ヘビはどもりながらも答える。

「そうだな……、入ったきっかけは何だ」またも問いかける。これが将軍式尋問術らしい。

「オンボロ川から、流れてきて、岸に打ち上げられるも、へとへとで動けなかったところを、将軍様が助けてくださったのが、きっかけじゃ……」と途切れ途切れに話す。ヘビは気を張り詰めているせいでうまく話せなくなってしまったようだ。

「ああ、オレもよく覚えている。そして、最終的な決断を下したのは誰だ」将軍の黒い目がぎらりと光る。

「ワイじゃ……」ヘビはすっかり下を向いてしまった。あまりにも深く俯きすぎて、丸く縮みこんでしまっているように見える。


「そうだ、決してオレが強制したわけではない。お前が自ら決めたのだ」将軍は最後の分の語調を強めた。そして続ける。「そして、オレはお前にこう言ったはずだ。『小さき者を傷付けてはいけない。むしろ、守らねばならない』とな」


 ヘビは死んだように黙りこくっていた。


「正直に言え、お前はオレと最後に会ったときから今まで、小さき者を傷付けたり、あるいは傷付けようとしたりはしなかったか」


 ヘビは答えない。嘘をつけば地獄、正直に答えても地獄。どちらの地獄を選ぶかで葛藤しているのだ。


「なぜ答えない」

「……」

「ヘビ――」

「していない!」


 突如発せられたその叫びと同時に、広場の太い根っこたちが一斉に上へ高く伸びた。

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