12話 暴れん坊のアライグマ
北の森は南よりも幾分薄暗く、そして肌寒く感じられた。木がより生い茂っているからだろう。そのせいもあり、俺らの口数も減り、土を踏む音と小さな虫たちの声、そして葉が擦れる音だけがしばらく俺らを支配していた。
「根っこ広場じゃか……。ワイはあまり行きたくないじゃ」不意に沈黙を破ってヘビがつぶやいた。
「駄目だで。あんたはオイラを運ばなきゃならんだで。別にあんた、とりわけ嘘つきではないだで?」依然としてヘビの背中に乗り続けるリスが言った。胸に抱いている虹の水晶は薄暗さに際立って明るく輝いている。
「嘘つき?」俺はリスがさりげなく発した言葉に引っかかりを感じた。「嘘つきと根っこ広場にはどんな関係があるんだ?」
「根っこ広場というのは、森の奥深くにある、たくさんの木の根っこが飛び出した広場だよ。僕はこれまで一度もそこに行ったことがないから、確かなことはわからないけど、そこで嘘をつくと根っこに捕まっちゃうらしいよ」とキツネがこちらを振り返って答えた。彼の声の調子は、オンボロ橋を渡った直後よりかは軽く聞こえた。表情も同じようにいくらか穏やかに見える。
「そんなの迷信だで。ヘビ、気にするんじゃないで」
「いや、ワイが気にかけていることはそんなことじゃないじゃ」やや興奮気味にヘビが言う。「あそこにはよく『あいつ』がいるんじゃ……」
ヘビがそうつぶやくと、「あいつ」とは何かと皆が考え始め、再び静寂が訪れた。リスは少しイライラしたように顔をしかめ、キツネは前に向き直った。ヘビはそれの名前を言おうとしたが、なんとなく言う必要がないかのような空気に憚られて、言いとどまった。俺は逆さ虹の森のことが何もわからないので、戸惑った表情で皆の様子を観察した。
「アライグマ君のことかい?」前触れもなくキツネが尋ねた。
「……っ! そうじゃ、アライグマじゃ」ヘビは突然の返答にうろたえる。
「アライグマ? そいつがどうかしたんだで?」リスの尋ねたことは俺も聞きたいことだった。
「アライグマ君は逆さ虹の森に最も古くから住んでいる動物で、随一の暴れん坊ということで有名なんだよ。多くの動物を率いていて、一部の動物からは将軍と呼ばれているらしいね」とキツネがわかりやすく説明する。キツネは本当によく逆さ虹の森に通じている。「だけど、どうしてヘビ君はアライグマ君に会いたくないんだい?」
「……ワイはあいつの子分なんじゃ」ヘビは意気消沈したように首を垂れる。「リス、ワイはドングリ池でお前を食べようとしたじゃろう。それが問題なんじゃ。あいつはアライグマ一派の中で、『何とか憐みの令』とかいう法を制定しているんじゃ。それは小さくか弱い動物を優遇するという決まりで、違反した者は厳しく罰せられるんじゃ」
「そんなの嘘をつけばいいだ――あっ」
リスは言いかけて気付いた。キツネもうなずいて理解したようだ。そして俺もヘビの懸念していることがわかった。
「正直に話せば罰せられる。嘘をついても根っこに捕まって結局バレてしまうんじゃ」
「だけど、どうせ根っこ広場の話は迷信なんだで? 何をそこまで心配する必要があるんで」リスがぎこちなく笑い飛ばすように言った。アライグマの作り出した抜け目のないシステムにおののきのようなものを感じたのだろう。
「いや、ワイは見たんじゃ、他の動物が根っこに捕まって高い悲鳴を上げているところを!」ヘビは声を低くし、鬼気迫る表情で言った。そして、俺たちはその恐怖を想像して息をのむ。
「ところで、アライグマによる罰はどんなものなんだい?」不意に、しばらく黙って動物たちの話を聞いていたキツネが口を開いた。
「それはそれは恐ろしいものじゃ」ヘビの顔がさらに気迫のこもったものになる。「アライグマの法に逆らうとな……、全身の垢が抜け落ちるまで池で洗われるんじゃ!」
ヘビが答えると、また皆黙りこくってしまった。俺も無理ないと思った。あまりにも罰則が緩かったからだ。きっとキツネもリスもこう考えていることだろう。アライグマのところに連れてっても問題なし、と。
「おい! アライグマの洗い方は非常に雑で痛いんじゃぞ!」
「あんたは脱皮すれば垢もくそもないだで」
「そういう問題じゃ――」
「じゃあどんな問題だ?」突然聞きなれないどすの利いた声がどこからか聞こえてきた。その直後、道のわきにある茂みの中から、タヌキに似ている動物がのそのそと現れ、キツネを先頭にする俺らの進行方向に立ちはだかった。目は力強く見開かれており、地震でも起こし得そうな気迫に満ちている。彼こそが逆さ虹の森に一番長く住む者であり、一番の暴れん坊である、アライグマだった。
ヘビは思わず目を見張って恐怖した。体がびくびくと震え、金縛りにあったかのような様子だ。リスもアライグマの放つただならぬオーラにおののき、息を詰まらせてしまった。俺もリスとほとんど同じ状況に陥った。しかし、キツネだけは、アライグマに対して動じることがなかった。




