10話 怖がりのクマ
「ああ、たぶんそうだと思う」俺はほとんど確信していたが、少し自信なさげにキツネの質問に答えた。ふと自分の顔をまだ思い出せないでいることに気付いたのだ。自分の名前は夢のおかげで思い出した。しかし、まだ自分の顔を知らなかった。
「同じ顔ばかりで気持ち悪いだで……」とリスが顔を歪ませて言う。それに対してヘビも頭をうなずかせて同感した。
「そうなんだ! それに、なんだかこの男の子、ルカ君に似ているね」一方、キツネはロケットの写真をまじまじと見て言った。
「本当か!」俺はその言葉に自分でも驚くほどの反応を示した。客観的な意見を聞くことができて嬉しかったのである。
「本当だよ、こっちに来て確かめてごらん!」キツネは俺の興奮に同調するように盛り上がって、俺の手を取った。そして、焦るようにして俺をオンボロ川のほとりまで引っ張っていった。そこに降りるための階段は苔むしてあり、何段か足を滑らせそうになったところがあったが、かろうじて転ばずに川瀬にたどり着けた。
オンボロ川は近くで見てみると意外と流れが強いように見えた。しかし、川の水は、ドングリ池にはいくらか劣るが、とてもキレイであり、ときどき頬にかかる水しぶきには非常に気持ち良く感じた。
「ほら、この水面を覗いてごらん」キツネが俺を川の方に向けさせる。
俺は膝を着いて川に頭を差し出した。すると、天然の鏡にある男性の顔が映し出された。毛の濃い眉に、ほんの少し斜め上に向いている目尻。間違いない。ロケットの男の子の顔と同じだ!
「どう? 僕はニンゲンの顔をほとんど見分けることができなくて、なんとなく似ているって言ったけど、ニンゲンであるルカ君なら判別できるでしょ?」とキツネが俺の耳元で囁いた。
「間違いないよ。俺は写真の男の子だ」俺は立ち上がり、勝ち誇ったような笑みを浮かべて答えた。
すると、不意にドダドダと体の重い何かが、すごい勢いで走ってくる音が頭上から聞こえた。そして、その慌ただしい音はちょうどリスとヘビがいるだろう箇所で止まった。
「うわぁ! 今度はなんだで!」
「クマじゃ! クマじゃー!」
「うわぁー!」
なぜか三匹の叫び声が聞こえてきた。初めの二つは聞きなれた小動物たちの声だったが、最後の叫びはか細い声を無理に張り上げたような、貧弱そうなものだった。
「何かあったみたいだね。とりあえず行ってみようか」キツネはクマが出たのに妙に落ち着き払っていた。その顔には笑みさえ浮かんでいるように見えた。
古い階段を上ると、そこには怯えた様子の三匹の動物たちがいた。リスとヘビは面白いことに互いに抱き合い、脅威であるはずのクマはすっかり腰を抜かしてしまっているようだ。ふとクマが俺らに気付いてこちらを見た。俺はぎくっとした。しかし、クマは獲物を見つけたような悪い笑みではなく、なんと安堵の表情を見せた。
「キツネ君!」不意にクマが歓喜の色を含んだ声を上げた。
「やあ、クマ君じゃないか!」対してキツネは目を細めて笑った。
俺はそのやり取りを見て呆気にとられてしまった。仲良く寄り添っているリスとヘビさえも目を丸くしている。一般的に凶暴といわれているクマが親しげに挨拶するだなんて思いもよらなかった。
「紹介するよ。彼はクマ君。とても穏やかなんだ。ただ、怖がりでもあるから、あまり驚かさないでね。特にリス君とヘビ君――って、どうして抱き合っているの?」キツネはクマに怯えている二匹をいかにも不思議そうに見ながら言った。
リスとヘビは絶句していた。恐怖と驚きと恥ずかしさが複雑に混ざり合って、どう振る舞えばいいのかわからなくなってしまったのだろう。
「それよりも大変なんだよ!」とクマが優しい叫びを上げた。「森の荒廃が急速化したんだ! すぐそこまで荒廃が進んでいる!」
「なっ……」
「なんじゃって!」
リスとヘビが息ぴったりで驚愕の声を上げた。さっきまでニコニコしていたキツネの顔も、がらりと張り詰めた表情に変わり、その瞳は俺の目を刺すように凝視していた。きっと俺も同じような顔をしていただろう。
「見たんだ! 草木が枯れ、その場に取り残された動物たちが石化してしまっているのを……!」クマは最後に付け加えた。
「石化、だって……。ルカ君! 現状は思っていたより深刻みたいだ。急ごう!」とキツネは言って、オンボロ橋の中間辺りまで駆けていった。橋が不安定に激しく揺れる。しかし、キツネはそれにほとんど恐怖を感じていないようだった。
そして、リスとヘビも躊躇することなく橋を渡り始める。この二匹は体がそこまで重くないので、橋の揺れにほとんど影響はなかった。続いて、俺もロケットを首にかけ、恐る恐る橋に足をかけた。
「ちょっと待ってよ!」不意に後ろからクマが叫んだ。
その声に先を行っていた動物たちが振り返る。俺も最後に振り返った。
「ボク、そんな高い橋、怖くて渡れないよ……。ましてや、ボロボロでぐらぐらな橋なんて」とクマが足をがくがくさせて言った。




