第3話 神さまが、くれたもの。
ミカンの缶詰は美味しかった。
最初俺は、購入した商店でそれを頂こうと思った。でも、そのイートインスペースよろしいその居間のような場所は、やっぱりホコリっぽかった。歩きながら、というのは、マナー違反なんだろうけど、それでも、日の光の下で食べるフルーツは最高であった。
もちろんそれは、俺の疲労度合いに対する“補正”のせいでもあるのかもしれないけど。
だから、妹にも外で食べてもらいたかった。
「シートを敷いとこうっと。ほらよ、そこ、座れよ」
木の根元に、物置で見つけたブルーシートを広げた。ふたりで座るには少し大きかったのだけど、オシャレなレジャーシートなんて無かったんで、これで我慢するほかはない。
息を深く吸い込み、吐く。再び深く吸い込み、吐く。俺と妹は枝振りを仰ぎ見て、“気持ちいいなぁ”“気持ちいいね”と呟くように会話した。
妹を待たせ、一旦玄関に置いた桃の缶詰……の中身を移した切子細工の器を手にし、舞い戻る。気のせいか彼女の顔は俺が病室へとやってきた時よりも、笑顔の花が咲いているような気がする。七部咲きから満開へ……。
“桃の缶詰の方が好き”って、本音なのかなぁ。なんてちょっと考えたりもしたんだけど、裏表の無いその性格というのは、彼女のちょっとした短所であり、俺の好きな長所でもある。まぁ、とりあえずコレだけは居える、嫌われてないだけで幸せなのだ、俺としては。
「美味しいか?」
「うん、美味しい」
「やっぱり兄ちゃんより好き?」
「どうだろ、凄く悩む……」
自分の兄と桃缶の大切さを比べる妹。それだけでも十分に“不兄罪”とも言えるんだけど、このご時勢においてはそれくらいの冗談をいう余裕があった方がいい。
しかし、本気で悩んでいるようなところを見せる妹がいる。それは自分の兄としての立場、その危うさに戦々恐々とさせるものであった。
「なーんてね、冗談だよ。桃缶は食べ物だもん、ジャンルが違うよ」
「じゃぁ、俺は何だよ~」
「お兄ちゃんはねぇ……なんだろ、なんだろうなぁ……」
桃缶を食べ終えた俺たちは、その場に寝転んだ。満足の吐息が漏れる。
木漏れ日は少し眩しかったんだけど、ふたりで眺める万華鏡はとても綺麗だった。
そのまま寝てしまった。起きた時は陽は既に傾き始めている。ステージの歌手は入れ替わり、今はカナカナカナと歌っている。周囲を囲むように存在するそのステージは、その舞台上に午後のねっとりとした空気を漂わせていた。その湿気に伴う虫刺されを心配したけど、ふたりとも運が良かったのか蚊に刺されている様子はなかった。
しかし念のため、今度はあの商店で蚊取り線香を買ってこよう。そしたら陶器製の豚・“蚊遣豚”も買わないと。金属製の缶でもいいのだけど、やはりその豚の方が風流だ。
楽しみだなぁ。
“らしさ”で蚊を落とすわけじゃないけど、やっぱりらしさを含めて、とにかく楽しめることを作らないと。
楽しさって大切だよな。
そう考えると、こういう結論に至る。少しでも楽しみを求められる俺たちは、あの日に死んだ人たちよりは少しだけ幸せなのかもしれないと。
最初はそう思えなかった。自分たちがいつ死ぬのか分からないまま生きるのは、看守の足音に怯える映画で観た死刑囚と何ら変わらないのだから。けど、日を追うごとに諦めに近い感情を抱くようになった。傍から見ればそれはまるで、鎮痛剤を打たれた重病者がサナトリウムで死を待つ様。
そう、諦めは鎮痛剤。多分それは、神様が馬鹿な俺たちにくれた最後の優しさなのだろう。そもそもこうならないようにしてもらいたかったが、これは飽くまでも自分で自分の首を絞めた結果なのだ。彼にそこまで求めるのも筋違いであろう。
とはいってもやっぱり死にたくは無かったから、“可能ならば、ロケットに乗って他の星に行ってみたいなぁ”と、妹とふたりで話した事がある。でも極々まれにリアリストになる彼女は、“私たちだけ行っても、結局は絶滅しちゃうでしょ。だって、子供は作れないんだから”と夢を壊す事を言い放った。まぁ、事実ではある。俺たちには子供を作る事は許されていない。仮に出来たとしてもその子供たちに人類の未来を託すなんて事できない。人類の背負った罪を、そのまま彼らに託す事はしたくなかった。
「今日はおにいちゃん泊まってくんでしょ?」
「あぁ、泊まってくぞ~」
「チッ……」
「えっ……?」
「あははは、冗談よ、冗談。シートは私が片付けておくから、おにいちゃんはお風呂の用意しておいて。ご飯は私が作っておくから」
妹の予想では、今日もまた先生は帰ってこないとの事。明日も、明後日も。
だろうな、とは、思っていた。
きっとあの愚か者の先生なら、死んでも往診を続けるに違いない。その有り余るやる気は残留思念となり、肉体が滅んだ後も生前の行動をなぞるように繰り返す。
そんな霊的な出来事は起こり得ないとは思うが、ゾンビならありうるだろうか? もっとも、まだ死んではいない今の彼の状態も、何も考えずに日々習慣をなぞり続けるゾンビであるといえるのだけど。
あの先生は、俺たちが置かれているこの“世界のしゅうまつの5分前”に背を向け、俺たちを救い続けている。それはきっと意味は無い事なのだけど、こうなる前の世界と本質的には何も変わらないようで、この余喘の響く世界において唯一人間らしい生き方とも思えた。
世界がこうなる前の大抵の人間も、生きる楽しみもなにもなくただその生命活動を維持するためだけに毎日を繰り返した。それを“ゾンビのようだ”と形容する人間もいたけど、それならば今の彼はやはりゾンビなのだろう。
こうして俺たちみたいに諦めて過ごした方が楽に決まってる。
しかし、彼は繰り返す。だから、愚か者なのだ。そして、何も考えずに何もしない諦めてる俺たちは、ゾンビよりも“死んでいる”。
“それでもいい、自分は自分”とトートロジーから抜け出せずに諦めるのが、神様がくれた鎮痛剤の効能なのだ。
『風呂の用意でも始めますか~っと』
裏手の薪小屋から適当に見繕い、薪を運ぶ。細いものを少々、その他をそれなりに。
火口箱も、必要だ。
薄暗くなりかけている、見上げた空。ここは鬱蒼とした森の広がる、山の上。
この診療所兼自宅のこの建物には、古びたフロが備わっている。石油で湯を沸かす、とても古い風呂釜である。
しかしその古さなんて関係は無い、こいつには薪も利用出来るという利点があるのだ。つまりそれは周囲に有り余る木を利用出来るという事で、石油精製が出来なくなった人類においてはここは油田とも言える場所なのだ。いわば俺たちは、この鬱蒼とした山の石油王。
もっとも、周りの薪を精製してもプラスチック製品などは作れないけども。
ただ、何度か会った事のあるあの“愚か者”には色々と教わっており、木の皮からは紐を作れるし、蔓からは籠も作れる。半夏生からは控えてはいるが、この山の幸についても教えてもらっている。
そして、この火打石。これも、その愚か者に使い方を教わった。
火口箱には念の為とライターも入れてあったのだが、俺はこの比較的原始的な火打石が好きだ。人類の歴史は火の歴史。人類の終わりに、まるで記念のようにコイツを使い続けている。
まぁ、ランプに火を点す時は、使い勝手の良いライターを使っているのだけど。まだ数個、先生の机の中にも残っているけど、全て使い切る事は出来るだろうか。こうなれば、もう、絶滅が早いか使い切るのが早いかの競争でもしてやろうか。
小気味のいい甲高い音。
火打石を火打金に擦り付けるように、叩き付ける。すると火花が煌めき、燻る火口を枯れ枝の山に放り込む。息を吹きかけると程なくして火が立ち、パチパチと薪は燃え出した。
鎮痛剤以外に神様がくれたこれも、今はとても温かい。




