第66話「骨を、納める」
穴を出て、もう二十年が、近かった。
気づけば、奪う日よりも、商う日の方が、ずっと多くなっていた。
名のない銀を、麦に換え、布に換え、薬に換える。
川を下っては、また川を上る。
去年、あの古物商の老人が、死んだ。
跡を継いだ息子とも、もう、すっかり話が通じる。
盗賊の信用は、いつのまにか、商人の信用へと、形を変えていた。
奪わずに回る道は、もう、火の灯りの先の幻ではなく、私たちの足元に、たしかにあった。
二十年、かけて。
◆ ◇
その形ができた頃から、八人は、すこしずつ、それぞれの先を見はじめていた。
ガロは、鋳掛けの腕を見込まれて、川下の町に呼ばれることが増えた。
リンの薬は、いつしか産婆の手伝いまで頼まれるようになった。
ナダは、もう、遠出ができない。
川岸の小屋で、木札の数えと、ヒナの相手をして、一日を過ごす。
ヒナは、背がぐんと伸びて、ひとりで隣町まで使いに行く。
トビに仕込まれた足は、もう、師匠より速いところさえある。
ネネは、傷の治る体のことを、誰にも言わないまま、年を取らない顔で笑っている。
サイは、相変わらず、口が重い。
重いまま、新しい町の地図だけは、誰よりも早く覚える。
誰も、まだ、口には出さない。
だが、それぞれの道が、それぞれの先で、小さな芽を出しはじめていた。
数で縛らない、と決めたあの日から、いつか散ることは、わかっていた。
散ることは、終わりでは、ない。
穴の底で繋いだものを、別々の土地で、続けるだけだ。
数えの外で繋いだ縄が、ほどけずに伸びていく。
◆ ◇
散る前に、私には、しておくことが、ひとつあった。
骨の棒だ。
ひびの入った日から、荷の奥に、布で巻いて、しまってあった。
カラスの声の、入れ物。
穴の底から、私を、二十年運んでくれた棒だ。
いまは、樫がある。
握りの内側には、灰の字がある。
カラスの教えは、もう、樫が継いだ。
骨は、もう、振らない。
振らない物を、荷の底で朽ちさせたくは、なかった。
◆ ◇
川のよく見える丘に、ひとりで登った。
穴のある海とは、ちょうど反対の側。
風のよく通る、明るい場所だ。
樫の先で、土を掘った。
深く。
骨の、ちょうど入る長さに。
布を解いて、骨を、掘った土に横たえる。
二十年、私の手の脂を吸った骨は、樫よりも、まだ私の手に馴染んでいた。
その馴染みごと、土に、返す。
土は、湿って、冷たかった。
骨の上へ、ひとすくいずつ、土を戻していく。
最後のひとすくいで、白いものが、見えなくなった。
見えなくなっても、それは、たしかにそこに、あった。
穴の底には、縦の線を、二本。
この丘には、骨を、ひとつ。
カラスが行き着いた場所に、ひとつ。
カラスが遺したものに、ひとつ。
しるしを、別々の土地に、置いていく。
覚えている限り、それは、消えない。
穴に縦線、丘に骨。
しるしは消えない。
◆ ◇
土をかけ終えて、私は、懐に手を当てた。
布に巻いた薄い帳面が、まだ、そこにある。
カラスが、死ぬまで手放さずに持っていた、あの読めない帳面だ。
骨は、納めた。
だが、これは、納めない。
なぜかは、自分でも、わからない。
この読めない字が、いつか読める日が来る——そんな気が、するからかもしれない。
わからないものを、わからないまま、持つ。
それも、カラスから教わったことの、ひとつだった。
私は、それを、また懐の深いところへ、戻した。
◆ ◇
丘を下りると、火の輪が、いつものように燃えていた。
八人の顔が、その火に照らされている。
いや。
数えなおす。
ナダの隣に、ヒナがいて。
その向こうに、六つの顔。
ぜんぶで、八つ。
穴の底で、ひとつずつ拾ってきた数だ。
この数が、もうじき、散る。
散る前に、ひとりずつの手に、預けておくものがある。
水の分け方。
火の起こし方。
数の数え方。
名の、しまい方。
骨を地に返したこの手で、今度は、生きているものへ。
穴で繋いだものを、ひとつずつ。
散ったあとも、消えてしまわないように。
預けに、行く。




