第63話「牢破り」
七日の使い方は、最初の夜のうちに決めた。
裁きの日には、行かない。
広場は、罠の続きだ。
読まれている場所へ、のこのこ行く理由はない。
行くのは、その前の晩。
そして場所は、広場ではなく、牢そのものだ。
狩る者は、私たちの形を読み切った。
なら、こちらは、その読まれた形を、捨てればいい。
◆ ◇
七日は、七つの仕事に割れた。
ナダは、町の刻を数えた。
見回りの周期。
閂のかかる音の数。
市の立つ朝の、人の流れ。
サイは、牢の作りを語った。
売られて、繋がれて、あちこちへ移された二十年は、牢の中身に、誰より詳しい。
石組みの古い牢は、頑丈な扉より、天井の煙出しが甘い、と。
リンは、酒場に三晩、座った。
牢番の好む酒と、その酒癖と、差し入れの通る道筋を、笑い話のついでに、すっかり拾ってきた。
ガロは、火の側で、細い鉄を、こつこつと曲げていた。
「錠には、作った者の癖が残る」
町じゅうの錠前は、どれも同じ鍛冶の仕事だという。
だから、ひとつ癖を読んで開ければ、あとは、ぜんぶ開く。
ネネは、八人分の旅支度を、黙って整えた。
仕事のあとは、この土地を、まるごと捨てる。
ヒナは、屋根を見に行った。
トビに仕込まれた足で、牢の煙出しまでの道を、夜のうちにひとりで歩いて、戻ってきた。
「師匠の言う通りだった。屋根は、誰も見上げない」
七つの職能が、たったひとつの夜に向かって、少しずつ組み上がっていく。
それは、穴の底で、岩の裂け目に向かって組んだ、あの夜と、同じ形だった。
あの夜は、外へ出るためだった。
今夜は、中へ入るためだ。
出るために組んだ手が入るために組み直された。
◆ ◇
六日目の夜。
月が、雲に入った。
私は、火の側の六人の顔を、ひとりずつ、順に見た。
言う言葉は、もう決まっている。
「行くぞ」
よっつの声の男から継いだ、この言葉は、まだ二度目だ。
節目の夜にしか、口にしない。
そして今夜は、まぎれもなく、節目だった。
◆ ◇
リンの差し入れた酒は、夕方のうちに、牢番の詰所へ渡っていた。
混ぜた草の量は、ただ眠らせるだけ。
死なせない量を、リンは、指の感覚で知っている。
ナダの読んだ刻の通り、見回りと見回りの間に、穴が開いた。
ヒナが、音もなく屋根に上がる。
天井の煙出しから、細い体が、牢の闇へ吸い込まれて消えた。
私とガロは、裏の扉についた。
ガロの細い鉄が、錠の中で、小さく鳴る。
癖を読み切られた錠は、抗いもせず、音もなく開いた。
開けた扉の、すぐ向こうで。
トビが、立っていた。
鎖は、もう外れている。
手枷は、足元に、きちんと揃えて置いてあった。
「遅いぜ」
囁きと、笑いの、ちょうど中間の声だった。
「三日目には、外せてた。外の刻が、わからなかっただけだ」
牢破りの半分は、中の男が、もう終わらせていた。
私たちは、残りの半分を、外から運んできただけだ。
外から破る手と中から破る手が扉で会った。
◆ ◇
町を出るまで、誰ひとり、走らなかった。
走る背中は、夜目にも目を引く。
歩く八人は、夜の町に溶けた、ただの影だ。
夜明けの丘で、一度、振り返った。
町は、まだ、静かだった。
騒ぎは、朝の見回りが牢を覗くまで、始まらない。
狩人の読みは、裁きの日の、広場にあった。
その読みが外れたと気づくのも、きっと早いだろう。
あの男は、引き際の早さで生き延びてきた、そういう目をしていた。
追っては、来ない。
今度は。
◆ ◇
火の輪に、八つ目の影が戻った。
ナダが、木札を出して、八つ目の刻みを、指でそっとなぞった。
「数えが、合った」
それだけ言って、また帯にしまった。
ネネが、繕い上げた上着を、トビへ黙って投げる。
トビは、袖を通して、何も言わなかった。
言わないことが、ふたりのあいだの、礼の形だった。
トビが、いつもの軽口に戻るまでには、三日かかった。
その三日目の夜、私は、掟の話をした。
「同じ形を、二度使わない」
護送だけを狙う、という形は、もう読まれた。
読まれた形は、捨てる。
獲物の選び方は、変えない。
変えるのは、形だけだ。
掟は、私たちを守るためにある。
だから、守るためなら、作り直しもする。
石のように固い掟は、いつか罠の土台にされる。
水のように形を変える掟だけが、長く生き残る。
読まれた型を。
固まりかけた私たちの形を。
破りに、行く。




