第55話「七つの手」
その夜、火の輪に、七人が集まった。
誰も、呼んでいない。
集まるしかないことを、全員が知っていた。
ナダが、口を開いた。
「次の籠は、明日の朝だ」
「頭数を取ったあとの籠は、人を乗せて上がる」
「若くて、動けるのからだ」
ネネが、自分の腕を押さえた。
トビが、珍しく、軽口を言わなかった。
九日の計算は、もうない。
三つ目の狭さは、広がり切っていない。
月は、欠けきっていない。
それでも、明日の朝は、変えられない。
私は、六つの顔を順に見た。
見てから、言った。
「今夜、出る」
◆ ◇
雲の多い夜だった。
月は、出たり、消えたりした。
消える間を、トビが読む。
「ついてきな。道は、覚えた」
先頭が、トビ。
次に、ネネ。
サイ、リン、ナダ、ガロ。
しんがりが、私だ。
骨は、背中に縛った。
懐では、薄い帳面が、肌に当たっていた。
裂け目の中は、夜より暗い。
目は、使えない。
だが、稽古のとおり、手が、手の置き場を覚えていた。
ガロの杭が、岩の継ぎ目で待っている。
杭から、杭へ。
七人ぶんの体が、ひとつの道を、静かに上がっていく。
下で、火が小さくなっていく。
誰かが薪を足さない火は、消える。
消えていい。
もう、番をする者はいない。
◆ ◇
ひとつ目の狭さを、抜けた。
ふたつ目も、抜けた。
三つ目で、止まった。
ネネが抜け、リンが抜け、サイが抜けた。
ナダは、綱で引き抜いた。
ガロが、つかえた。
肩が、岩を噛んで、動かない。
「下がってろ」
ガロは、囊から、楔と槌を出した。
岩を割れば、音が出る。
夜の音は、上まで届く。
わかっていて、ほかに道はなかった。
ガロは、楔の頭に、ぼろ布を厚く巻いた。
月が、雲に入るのを待つ。
波の音が、強くなる刻を、ナダが指で測った。
指が、振られた。
鈍い音が、ひとつ。
波が、それを飲んだ。
また、待つ。
また、ひとつ。
三度目で、岩が、静かに割れた。
二十年と、ふた冬と、今夜のひと晩が、その裂け目を開けた。
道は作るものだと教わった。
最後のひと割れまでそうだった。
◆ ◇
天辺の手前で、ナダの腕が、止まった。
老いた指が、綱の上で、開きかけている。
「……置いてけ」
言い終わる前に、綱が張った。
上から、トビとサイが引く。
下から、ガロが押し上げる。
ネネが、岩の出っ張りで綱を受けた。
リンが、空いた場所から腕を伸ばす。
私は、ナダの帯を、後ろから支えた。
七人目の重さを、六人の手が運んでいた。
奪い合いの穴の、いちばん上で。
七つの手がひとつの重さを引き上げた。
◆ ◇
風が、変わった。
岩と黴の匂いの向こうから、別の匂いが来た。
潮だ。
最後の岩を抜けると、夜空があった。
出た場所は、海端の崖の上だった。
穴の口とは、反対の側。
見張りも、弓も、ここにはいない。
崖の下で、夜の海が鳴っていた。
六人が、順に、夜気の中に立つ。
誰も、声を出さなかった。
出し方を、忘れたような顔だった。
私は、最後に岩を抜けて、振り返った。
足元の裂け目の、ずっと底に、穴がある。
穴の底には、縦の線が、二本。
消えない場所に、置いてきた。
カラスは、先に出た。
私は、いま、出た。
二年かかって、ようやくだ。
先に出た者にようやく追いついた。
◆ ◇
夜明け前の崖の上で、七人は座っていた。
戻る場所は、誰にもない。
世界の数えから外された七人は、数えの外で生きるしかない。
水を分ける者。
薬草の手。
治る娘。
鍛冶の手。
登る足。
数える目。
それから、私。
六つの目が、私を見ていた。
行き先を決める者を、待つ目だ。
穴の底で、奪われる順番を待つだけだった目では、もうない。
私は、立った。
夜明けの方角を、見た。
言う言葉は、ひとつしか知らない。
ずっと、言われる側だった言葉だ。
言うはずの口は、二年前に止まった。
ないなら、私が言う。
「行くぞ」
六人が、立った。
夜の終わりの崖の上を、七人で、歩き出す。
奪われた者たちを。
数えの外の、これからを。
率いに、行く。




