第37話「沈んだ都」
国がひとつ死ぬのを、俺はその遺跡で、初めて見た。
といっても、その国はもう、ずっと昔に死んでいたのだが。
内地で受けた依頼は、探索だった。
ある商人が、古い都の跡から、銀器を拾ってこいと言う。
報酬は、拾った銀器の二割。
残りの八割は、商人の取り分だ。
どう考えても、割に合わない。
だが、銀器ひとつあれば、ひと月は飢えずにすむ。
受けない理由は、なかった。
その都の跡は、内陸の湖の畔にあった。
半分は、すでに水の底に沈んでいる。
崩れかけた尖塔だけが、水面から骨のように突き出していた。
かつては、白い石を積んだ、立派な都だったらしい。
だがいまは、一面が苔と鳥の糞に覆われている。
その鳥が、いた。
青い羽をした、海鳥だ。
近くに海なんてないのに、群れをなして、廃墟に巣を作っている。
蒼羽カモメ——魔力を浴びて変異した鳥だった。
その目は、ふつうの鳥よりずっと賢く、そして暗い。
俺たちが足を踏み入れると、カモメはいっせいに鳴いた。
よそ者を見張る、警戒の声だ。
俺たちは、水場を避けながら、奥へと進んだ。
たどり着いたのは、崩れた大広間。
その壁に、絵が残っていた。
色はほとんど褪せている。
だが、描かれた形だけは、まだ読み取れた。
俺は、この世界の文字は読めない。
だが、絵ならわかる。
そして、その絵は、ひとつの物語を語っていた。
はじめの絵は、栄えた都。
市場に、人があふれている。
次の絵では、空から何かが降りてきていた。
銀色と、白と、黒。
その色の衣をまとった人々が、都の上に手をかざしている。
さらに次の絵で、都は燃えていた。
逃げまどう人々の頭の上に、火が降りそそぐ。
そして最後の絵には、もう、誰もいなかった。
ただ、すべてを呑むように、水が満ちていた。
……これは。
滅ぼされた都の、記録だ。
銀と、白と、黒。
この世界で、人の上に立つ者だけが身にまとう色だ。
その色を持つ者たちが、この都を、まるごと消した。
なぜそんなことをしたのかは、絵には描かれていない。
異端だったのか。
反逆したのか。
それとも、ただ邪魔だっただけなのか。
俺は、この世界の神の話を知らない。
よそから渡ってきた、ただのよそ者だからだ。
だが、これだけは、はっきりわかる。
——上の色は、下の都を、滅ぼせる。
銀と、白と、黒。
上の色は、下の都を、滅ぼせる。
この世界は、そういう世界だ。
ふと気づくと、灰が、一枚の絵の前で足を止めていた。
燃える都の、すみ。
そこに、小さく描かれた人影があった。
青い髪の、子供だ。
その手には、銀の杯が握られている。
灰は、じっとその絵を見ていた。
いつもの、値踏みの目じゃない。
あの湿地の霧を見ていた時の目とも、違う。
もっと奥の、自分でもうまく言えない何かを、その子の姿に見ている。
灰の指が、そっと、絵の青い髪に触れた。
触れて、すぐに、離した。
「……どうした」
灰は、答えなかった。
いや、答えられなかったのだ。
その子がなぜこんなに気になるのか、灰自身にも、わからない。
もちろん俺にも、わからない。
ただ、絵に触れたその指が、かすかに震えていた。
青い髪の子供。
その手に、銀の、杯。
灰の指が、震えた。
ほんの、少しだけ。
その時、カモメが、降りてきた。
一羽じゃない。
群れだ。
巣を守るつもりなのだ。
青い羽が、ばさばさと視界を埋め、鋭い嘴が、上から次々に突いてくる。
俺は、灰を壁際へ押しやった。
押しやって、ナイフを振る。
だが、なにしろ数が多い。
一羽を払えば、すぐに三羽が来る。
またこの、囲まれるかたちだ。
灰は、背中を壁につけた。
壁を背にして、上を見上げる。
降りてくる鳥の、軌道を読んでいるのだ。
棒の先で、灰は鳥を突かなかった。
突くのではなく、払う。
それも、できるかぎり小さな動きで、翼の付け根だけを狙って。
付け根を打たれた鳥は、飛べなくなって、ぼたりと落ちる。
落ちてしまえば、もう脅威じゃない。
灰は、鳥を殺さなかった。
ただ、飛べなくしただけだ。
……守るために、最小の力で済ます。
この子はまた、変わっていた。
倒すことと、しのぐことを、少しずつ分け始めている。
殺さず、飛べなくする。
倒すことと、しのぐことを、分け始めた。
やがて群れは、あきらめて引いていった。
残された巣の中には、銀器がいくつか、紛れこんでいた。
カモメには、光るものを巣に集める習性があるのだ。
俺は、それを拾い上げた。
商人が望んでいた、まさにその品だ。
だが、俺が本当に持ち帰るのは、銀器なんかじゃない。
あの、壁の絵だ。
ひとつの国が、上の色に滅ぼされた、という話。
そして、灰が青い髪の子に触れて指を震わせた、という事実。
この世界は、何かを隠している。
その隠された何かを。
俺たちは、これから、少しずつ。
暴きに、行く。




