表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰のレン  作者: K3/KASANE
第三編・冒険者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/72

第37話「沈んだ都」


 国がひとつ死ぬのを、俺はその遺跡で、初めて見た。


 といっても、その国はもう、ずっと昔に死んでいたのだが。


 内地で受けた依頼は、探索だった。


 ある商人が、古い都の跡から、銀器を拾ってこいと言う。


 報酬は、拾った銀器の二割。


 残りの八割は、商人の取り分だ。


 どう考えても、割に合わない。


 だが、銀器ひとつあれば、ひと月は飢えずにすむ。


 受けない理由は、なかった。


 その都の跡は、内陸の湖の畔にあった。


 半分は、すでに水の底に沈んでいる。


 崩れかけた尖塔だけが、水面から骨のように突き出していた。


 かつては、白い石を積んだ、立派な都だったらしい。


 だがいまは、一面が苔と鳥の糞に覆われている。


 その鳥が、いた。


 青い羽をした、海鳥だ。


 近くに海なんてないのに、群れをなして、廃墟に巣を作っている。


 蒼羽カモメ——魔力を浴びて変異した鳥だった。


 その目は、ふつうの鳥よりずっと賢く、そして暗い。


 俺たちが足を踏み入れると、カモメはいっせいに鳴いた。


 よそ者を見張る、警戒の声だ。


 俺たちは、水場を避けながら、奥へと進んだ。


 たどり着いたのは、崩れた大広間。


 その壁に、絵が残っていた。


 色はほとんど褪せている。


 だが、描かれた形だけは、まだ読み取れた。


 俺は、この世界の文字は読めない。


 だが、絵ならわかる。


 そして、その絵は、ひとつの物語を語っていた。


 はじめの絵は、栄えた都。


 市場に、人があふれている。


 次の絵では、空から何かが降りてきていた。


 銀色と、白と、黒。


 その色の衣をまとった人々が、都の上に手をかざしている。


 さらに次の絵で、都は燃えていた。


 逃げまどう人々の頭の上に、火が降りそそぐ。


 そして最後の絵には、もう、誰もいなかった。


 ただ、すべてを呑むように、水が満ちていた。


 ……これは。


 滅ぼされた都の、記録だ。


 銀と、白と、黒。


 この世界で、人の上に立つ者だけが身にまとう色だ。


 その色を持つ者たちが、この都を、まるごと消した。


 なぜそんなことをしたのかは、絵には描かれていない。


 異端だったのか。


 反逆したのか。


 それとも、ただ邪魔だっただけなのか。


 俺は、この世界の神の話を知らない。


 よそから渡ってきた、ただのよそ者だからだ。


 だが、これだけは、はっきりわかる。


 ——上の色は、下の都を、滅ぼせる。


 銀と、白と、黒。


 上の色は、下の都を、滅ぼせる。


 この世界は、そういう世界だ。


 ふと気づくと、灰が、一枚の絵の前で足を止めていた。


 燃える都の、すみ。


 そこに、小さく描かれた人影があった。


 青い髪の、子供だ。


 その手には、銀の杯が握られている。


 灰は、じっとその絵を見ていた。


 いつもの、値踏みの目じゃない。


 あの湿地の霧を見ていた時の目とも、違う。


 もっと奥の、自分でもうまく言えない何かを、その子の姿に見ている。


 灰の指が、そっと、絵の青い髪に触れた。


 触れて、すぐに、離した。


「……どうした」


 灰は、答えなかった。


 いや、答えられなかったのだ。


 その子がなぜこんなに気になるのか、灰自身にも、わからない。


 もちろん俺にも、わからない。


 ただ、絵に触れたその指が、かすかに震えていた。


 青い髪の子供。


 その手に、銀の、杯。


 灰の指が、震えた。


 ほんの、少しだけ。


 その時、カモメが、降りてきた。


 一羽じゃない。


 群れだ。


 巣を守るつもりなのだ。


 青い羽が、ばさばさと視界を埋め、鋭い嘴が、上から次々に突いてくる。


 俺は、灰を壁際へ押しやった。


 押しやって、ナイフを振る。


 だが、なにしろ数が多い。


 一羽を払えば、すぐに三羽が来る。


 またこの、囲まれるかたちだ。


 灰は、背中を壁につけた。


 壁を背にして、上を見上げる。


 降りてくる鳥の、軌道を読んでいるのだ。


 棒の先で、灰は鳥を突かなかった。


 突くのではなく、払う。


 それも、できるかぎり小さな動きで、翼の付け根だけを狙って。


 付け根を打たれた鳥は、飛べなくなって、ぼたりと落ちる。


 落ちてしまえば、もう脅威じゃない。


 灰は、鳥を殺さなかった。


 ただ、飛べなくしただけだ。


 ……守るために、最小の力で済ます。


 この子はまた、変わっていた。


 倒すことと、しのぐことを、少しずつ分け始めている。


 殺さず、飛べなくする。


 倒すことと、しのぐことを、分け始めた。


 やがて群れは、あきらめて引いていった。


 残された巣の中には、銀器がいくつか、紛れこんでいた。


 カモメには、光るものを巣に集める習性があるのだ。


 俺は、それを拾い上げた。


 商人が望んでいた、まさにその品だ。


 だが、俺が本当に持ち帰るのは、銀器なんかじゃない。


 あの、壁の絵だ。


 ひとつの国が、上の色に滅ぼされた、という話。


 そして、灰が青い髪の子に触れて指を震わせた、という事実。


 この世界は、何かを隠している。


 その隠された何かを。


 俺たちは、これから、少しずつ。


 暴きに、行く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ